いろんなお話たち

夜。
問い詰めて何ができる、という訳でもないけど。
私はリディア様に尋ねてみた。
「…リディア様。どうして…騎士を、離れさせたんですか?」
直球過ぎただろうか。
いや、構うことはない。
時刻は22時。
寝間着に着替えさせるまでが私の仕事。
でも今日は……。
「さみしいから一緒に寝てほしいの」
リディア様が、私にそう言ったので今晩はご一緒するつもりだ。
窓を開けた窓辺で。
風に揺らぐカーテンを手で押さえて、空を眺めるリディア様。
その髪が、カーテンの代わりに吹く風に揺らいだ。
「…誰に…聞いたのかな。イルクくん? フロランくんかな?」
ぽつりと。
呟くように。
「…でもね、仕方ないんだよ、もう…」
「…リディア様。」
少し強めに呼ぶ。
「私は…一介の使用人です。ですが…失礼を承知で、申し上げます。…騎士は、必ずしも命を護ることだけが仕事ではありません。嫁がれるということは、相手の国に行くのでしょう? 知らないところに独りで行くのはあなたも不安なはず。それを理由に騎士を同行させてもいいはずです」
「…それは…駄目なの」
空を見上げていた顔が、下を向く。
カーテンから手をはなすと、ふわり…とカーテンが風に舞って。
リディア様は窓を閉め…カーテンを閉めた。
そして、振り返って。
「…明後日の夜、迎えに来るの。正門だとみんなにわかっちゃうから裏門に馬車を頼んだわ。それでも、最低限の人は必要でしょうけど。馬車に葉そのまま衛兵がついてくるから、城の人間は、見送りはさせてもらえても……一緒に馬車に乗るのは、無理だわ」
悲痛な顔だった。
悲しそうに…眉を寄せて。
「……貴女に、お見送りはしてもらうつもりなの。だから、宜しくね」
けれど、笑った。
リディア様が笑うと、必ずその目がなくなる。
笑って目がなくなる人って本当に優しい人しか……。
本当に、笑顔が似合う人しかいない……。
悲しみのたてまえ、こんな笑顔をさせるなんて。
その婚約者の人が、つくづくニクイ。
そう思った。
だって、心からの笑顔じゃないことは私でもわかるから。
目尻から、頬にかけて一筋の雫が流れたから。
「リディア様…」
もう、リディア様がいなくなったら国がどうなるとか、それ以前の問題だ。
「逃げましょう。私の故郷なら…この星の表と裏です。ここからうんと離れてますが、距離がある分、隣国の王子からも逃げられるかと。遠い道のりになりますが、旅すがら歩いて行けばいつかは着きます。イルクさん、みんなと一緒に行きましょう。追ってなんて、みんなで蹴散らしちゃえばいいんですよ」
「……ヴァニラちゃん。いいのよ…いいの」
けれど、リディア様は首を振った。
「私が断ったら……無駄な争いが起きてしまう。例え勝つ勝負だとしても、犠牲はつきものでしょう? もう……誰かが死ぬのは嫌なの」
「リディア様…」
国民を、リディア様は他の誰よりも愛しているのは私もわかってる。
けど……。
「リディア様、あなた一人が抱え込む必要はないんです。あなたが苦しむなんて……そんなの、耐えきれません」
私に限らず、きっとみんな……みんなみんな、そうだよ。
リディア様…。
「………」
けれど、リディア様の顔色が変わることはなく。
私は仕方なく…。
「リディア様。私…知ってますよ」
「?」
「イルクさんのこと…好きなんですよね?」
「!」
私の言葉に、リディア様が初めて驚いた顔をする。
気付かないはずがなかった。
リディア様のおそばにいて、イルクさんがリディア様を見ていることに気付いたように。
見て見ぬフリなんてできない……。
そう、だから……だから私は…。
「……、ヴァニラちゃんもイルクくんのことが」
「好きじゃありません。妙な噂が立っているようですが……死んだ兄に似ているんです。その意味でお慕いしていただけです」
嘘だった。
兄なんていない。
私には死んだ両親だけ。
でもこう言うしかなかった。
諦めるんだから……もう、諦めたんだから。
その証としても。
「だから、全然気にしないでくださいね。好きな人は故郷にいましたが、ここに来たときにもうふっきれてるので」
痛む胸を気にしなければ、こんなウソぐらいつける。
へっちゃらだ。
「……そう。私に気を…つかってないかしら?」
「そんなそんなっ。私はいつだって…リディア様の前では、正直に生きてますよ」
両手ふりふり言うと、リディア様は微笑んだ。
「ええ。私もあなたの前だと、不思議と素直になれる気がするわ」
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