いろんなお話たち

聖ルリフェン王国。
城内。
地下へと続く螺旋階段を私は歩いてた。
……あのあと、リディア様が「もう寝ましょう」と言い、私はリディア様が普段は1人で横になるクイーンベッドに、特別に入れさせてもらった。
でも……まだ、寝ていなかった。
リディア様の寝息が聞こえ始めた頃。
私はこっそりとベッドを抜け出し……部屋も出て。
「………」
今に至る。
「(ツァハリーアス……。いつも地下の部屋に一人籠ってるって……)」
彼の魔術は強力で、それゆえ他のものに影響を及ぼすから……と地下に一人でいるらしかった。
会うのは初めてだけど……。
「!」
何十回かぐるぐる回って、螺旋階段が終わった後。
シン…と静まる細長い廊下を、明かりを灯して歩いた。
やがて…見えた扉。
頑丈に施錠してある、大きな扉。
「(ま…魔物かなんか? だったりはしないわよね)」
ある訳ない。
心落ち着かせて、ノック。
怖さからか、爪先でトントンと叩くぐらいになってしまった……でも、中の人には聴こえたようで。
「……何か用?」
ドア越しに、声がした。
欠伸交じりの声。
「あ…あのっ、初めまして。私、メイドのヴァニラと申しますっ。ツァハリーアス様ですか? その…少しお話がありまして…」
基本的にメイドは全ての人に対して「様」をつけなければいけない。
でもアードルフさん、ティルさん、フロラン、イルクさん……みんなみんな、自由に呼んでくれていいって言ってくれた。
リディア様だけは、どうしても「様」以外では呼べずにいるけれど。
「……」
少しの沈黙後。
「!」
ガチャン…ガチャンと音を立てて施錠が外されてゆき。
「……〝少し〟で終わるんだろうな?」
扉が開いた向こうに、なんだか目つきの悪い長身男がいた。

案内されたのは、何やらいろいろなものがごたごたに置かれている、倉庫のような部屋で。
鎧や人形、人体を模った模型、フラスコに入った謎の液体、箒、…その他もろもろ。
壁には古ぼけた世界地図…天井には蜘蛛の巣……突如、私の中でメイド魂が目覚め、
「あの、掃除しましょうか?」
本能的にそう言ったけど。
「いや、いい。この方が落ち着くから」
背中向けたまま、ツァハリーアス様はそう言った。
一体全体、どう落ち着くかわからないけれど。
それでも彼の後を追うようにして、狭い部屋の中を私は歩いた。
「!」
不意にピタッと、彼は立ち止り、
「…そうだ。話、あるんだっけ?」
振り向いた彼が、口に手をあて欠伸する。
見ていると私まで眠くなった…けど、なんとか気を引き締めて、
「あ、あの……薬を…作ってほしいんです」
「薬?」
部屋の中の明かりが弱いからか、長身男の顔色が見えない。
なんだか少し怖く思えた……。
「実は―――」

「……」
どきどき、どきどき。
男が無言の間、私の心臓の鼓動は速かった。
この人はルリフェン王国・魔法隊長。
戦争となった際、剣が苦手な彼は、魔法で他国の兵士と戦う……なんてことはなく。
この人はいたって平和主義らしく。
例えば誰かを殺せるような、依頼されたらすぐに、そんなものを作るような人じゃないらしい。(魔力は高いみたいだけど)
誰かを殺すようなものは、魔法に頼む前に自分でやりなさいと唱える人のようだ。
また基本、馴れ合いが嫌いな彼は、地下の部屋に一人でこもりきり、たまに侍医が治せない怪我や病の時に城内に顔を出す……。
恰好はこもりきりの生活が災いしてか、みじめなものらしいけど。
けして外見は悪い方じゃない…って、メイドや執事が言うのを聞いたことがある。
彼のファンなんかは、その日一日の運勢を…いうなれば、占いをしてもらったりもするんだって。
「……。あんた、匂いとか平気な方か?」
「? はい」
におい……?
「…平気ならいいんだ。このあいだ手に入れた新種の花が花弁に催眠作用に似た成分を持っている……。匂いが少しきついが、…そうか、多少鈍い奴なら平気だな」
言ってくるりと背を向け、どこかに行ってしまった……。
に、鈍い奴って…ど、どういう意味かしら…?
それと催眠作用って、眠くなるってことだろうか。
べつに頼んだ薬を作ってくれるなら、少しぐらい副作用があっても構わない。
「明日の朝にはできるから、それまでそこで待っててくれるか?」
奥の方から、物音とともにそんな声がして。
きょろきょろとあたりを見回す。
「……あ、」
部屋の隅。
かろうじて人ひとり分寝れるスペースがあった。
ベッド…なんだろうけど、部屋同じく上にいろいろものが置かれてせまくなってる。
まくれた毛布を見ると…もしかして、寝起き…?
「……」
わ、悪いことしちゃったかな……。
ゆっくりゆっくり、そこに近づいて。
靴を脱いで、上にあがる。
「……!」
ぬるい体温がそこにあった。
…さっきまで寝てたんだ。
ごめん、夜におしかけるなんて、やっぱりまずかったかなー……。
「……お、おじゃましまーす…」
けれど結局、私はそこに入ってしまった。
体温に誘われた……とかじゃなくて、やっぱり眠かったんだもの。
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