いろんなお話たち

なんだか記憶があいまいだけど、電車に乗ったのは覚えてる。
それが一体どうして、こんなことになってしまうのだろうか?
ご婦人の言葉は、英語でも中国語でもフランス語でも何でもない……。
呪文のような初めて聴いた音だった。
と、いうことは……なんだ?
どこかの世界にトリーップしたのか私は?
たまに本読むから知識はある。
そしてファンタジー大好きだから堪らない展開だが…!
自分の身にリアルに降りかかるんじゃ話は別だ。
だってわかるもん。
めちゃくちゃ苦労するんだよ?
怖くて痛い思いはもちろん、下手したら死の淵まで逝っちゃった!とか挙句の果ては帰れなくなっちゃった!とか。
「(いやぁぁああぁぁ~~~!)」
髪が崩れる!と思ったけどそんなの気にしない。
頭をワシャワシャと手で掻き乱しながら胸中で絶叫してその場に座り込んだ。
漫画とかで見たことのある所なら自分でも解るからいいのに。
ドラのすけとかハリプタとかドラゴンゴールとかジワリ映画作品とか(幅広くOK)!
どうせ違う世界に行くんならわかる所にしてよぉぉー!!
何!?
ここ。
どこ!?
ここ。
パソコンでやるRPGゲームの類に出てくる主人公がまずは装備とか準備する最初の町、とかそんな感じですが。
記憶も何も、既視感すらナッシング!!
もぅ…っ、本気で泣きたいよ! まなかちゃん!!
「!」
不意に、肩に手が乗った。
「     ?」
顔を上げると……何やら人のよさそうな笑みを浮かべた、一人の中年男性。
見たところ武器も何も持ってない。
「    、  ?」
相変わらず何を言ってるかわからなかった。
が…親指をクイっとしてる辺り、ついてこいという意味なんだろう。
どうする?
見ず知らずのおっさん。
そりゃ当然、脳内では警戒シグナルが鳴り響いてますが……今のこの状況よりはいいかなぁ?
下手したら誰にも構ってもらえず助けてもらえず、ひとり死んでいくよりも多少は、声かけられたときぐらい付き合ってみてもいいかもしれない。
…うん、よかろうが悪かろうがそれで何か今の現状が変わるならいいじゃないか。
行ってみよう。

―――と思ったのがマチガイでした。
暗くて狭い、路地裏。
飢えた雄の、荒い息遣い。
肩に腕を乗せて(重いっつの)馴れ馴れしく私を先導したオッサン、は……ただの変態ヤロウでした。
「やめて!」
言葉が通じないと解ってるけど声をあげる。
でも当然それで止まる筈無く(聞えても同じだろう)ニヤニヤと卑下た笑みを浮かべるだけ。
悲しきかな。
こちらは腕一本で押さえつけられてるだけなのに、抵抗しようにもできない。
足をバタつかせても、何ら気にした様子なく男は私の上に跨ってきた。
首に…露出した肌に、太いごつごつした指が這う。
その感覚にぞわぞわと寒気が走る。
『――俺がお前の初めて、貰ってやろうか?』
イタズラ気に微笑んだ合田の顔が浮かんだ。
あぁぁあ、あの時にYESと言っとけばよかった…!
上から目線がきにくわなくてしかも彼氏じゃなくて友達とするなんてそりゃどうよと思ったから拒否したけど。
初めてがこんなレイプまがいだなんて誰が想像しただろう?
合田はきっと経験者だからそのへん上手くやるんだろうし、きっと優しくしてくれたに違いない。
奴はああ見えて紳士だから、今日だって行くって言えばきっと車で迎えに来てくれた。
そしたら電車に乗ることも無くて、ここへ来ることも無くて。
でもそうするとお姉さまにも会えなくなるってことだけど、でも……あぁもうとにかくっ!!
今日、合田に逢っていたら。
彼を選んでいたら。
そしたら、こんなことにはならなかったのだろうか。
こわい。
涙腺が崩壊しそうだ。
「やだっ……合田っ、合田ぁ!」
叫んでも意味がないのは判ってる、でも、もしかしたら。
一握りもない希望に、思わず彼の名を呼んでしまう。
笑って助けに来てくれるんじゃないか、彼の幻を虚空に求めてしまう。
だけども現実は無情で、チュニックの下に男の手が入りこむ感覚がいやに濃くて。
キャミソール越しに大きな手が胸を包み込んで、
「あ、っ…!」
私の体よりも熱い温度に、思考が途切れる。
やだ。やめて。ねえ。おねがい。
ぽろぽろと涙が零れて落ちる。
唇を噛んで首を振るけれど、
「   ,  ?」
男が顔を寄せてくる。
荒い息遣いがしたと思ったら、カサついた唇が、肌に触れた。
「いやああぁぁぁ!!」
胸を揉んでいた手が服から出た途端、腕を拘束してた手も離れてその隙を逃すまいとめいっぱい抵抗したけど男はただ黙って、構わず、懐から鋭利なナイフを取り出して。
卑怯じゃないか。
そんなの向けられたら大人しくするしかない。
ぴたりと私が抵抗をやめると、男はそれで私の下着もろともチュニックを引き裂いた。
直後。
空気を裂くような音が一発。
一陣の風が私と男の間をすり抜けた…と思ったら、跨る男の頭部がびちゃっと音を立てて弾け飛んだ。
「ひっ!?」
首をなくした胴体が私の上でぐらり…と傾く。
凄惨な光景にひゅっと呼吸が束の間止まった。
目を覆いたい。
そう思っているけれど、いろいろショックなことがありすぎて両手とも小さく痙攣したまま動かない。
コツコツと足音が近づいてきて、背筋が固まる。
スローモーションで倒れかけていた私の上にあった体を蹴飛ばす勢いで退かした長い脚の持ち主……おそるおそる窺うと、綺麗な顔立ちの人だった。
一纏めにされた長い白髪が、ふわりと風に攫われる。
女の人…いや、男の人か。
前全開で羽織る上着の下に覗く胸板に、…ん、胸板に!?
「(なっ…まさか新手のヘンタイでは……)」
目を見開く私とは対照的に、男の眼差しは鋭いまま。
そこに意味があろうとなかろうと、男と見つめ合う趣味はない。
今のでもう充分だ。
うんざりだ。
男の顔はもう当分、見たくない。
顔を横へ向けると何かが近付く気配がして、カチリ。
「ッ――!?」
束の間体が強張って、おそるおそる顔を戻すと……至近距離の紫の双眸。
男は嫌い。
だけどもそんなこと思わせる前に素直に感じた。
…キレイ……な、瞳。
「(って、なんでぇ!?)」
だけども額に押し当てられている銃口に、はっと意識が覚める。
恐怖を感じてしまうがそれ以前に意味がわからない!
なぜ!? どうして!?
えっ、私助けられたんじゃないの!?
なんでこんなっ……。
あなたは助けてくれたんじゃないのか!
「わっ、私怪しい者じゃありません…!」
伝わるかどうかわからないけど。
血の臭いに鼻を押さえたくなるのを我慢しつつ言うと、ふっとソレが離れた。
細身の黒い拳銃。
見たところ首を飛ばしたりそんな威力なさそうに見えるんだけどな……。
男の様子を窺いつつ体を起こす。
傍に解かれたリボンを2つ見つけて、折角綺麗に結ったのにな、とかそれ以前に血まみれになっちゃったな、とか。
放り出されたバッグを肩に掛け直し引き裂かれた服を胸元にかき集めつつ嘆息していると。
ばさりと頭に何かが被さって、見上げると謎の男の裸体…うわぁ、眩しい以前にやっぱりこいつは変態か…!?
…あ、いや、状況的にコレは…貸してくれた……のかな?
「(銃向けたけど結構いい人…なのか?)」
立ち上がってもう一度。
伝わるかわからないけど顔横に向けてる人に一応「ありがとうございます」と頭を下げる。
顔をあげた直後に腕を掴まれグイッと引かれた。

 §
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