いろんなお話たち
そのまま鈍い街灯が照らすだけの町中を歩く。
歩く、というよりは早歩きと言う感じで、こちらのことなんか全然気にも留めない、前を見るだけの男のなすがまま。
ちょっと早すぎるんですが、お兄さん……。
あなたの歩幅と私の歩幅、差があるのがわからないのかなぁ?
しかし。
どこに向かっているんだろう。
どこか安全な所かなぁ?
まさかまたさっきのおじさんのようなパターンだろうか。
そして最後はやっぱりさっきの銃で撃たれるのだろうか。
考えるうちにどんどんブルーになる。
私はそれを首を振って振り払った。
襲うなら、あの時点で襲ってる筈。
というかここって自警団みたいなのってあるのかな?
もしも明日の朝無事に迎えられたら(何やら無理な予感100パー)だけど探してみよう。
そんで相談してみよう(言葉通じないとか関係なしにきっと伝わるサ!)。
悶々と考える中、村はずれのボロい家のドアを開け、
「――ぎゃっ!」
投げ飛ばすように中に入れられる。
色気のない声を出しつつも、ドアが閉まる音に反射的に顔を上げて。
そして気付いた。
「 」
「 ? 」
「 」
いくつかの声は全て男独特の低い声。
見ると私を連れてきた人の他に5人の男がいて、一人はオオカミ人間…。狼人間!?
顔がまんま狼……思わずジワリのもふもふ姫が思い出された。
首から下は人間の体だけど。
腕組みをするその人? その動物? から視線が逸らせそうにない。
不愉快そうに金の眼が細くなったので慌てて視線を逸らす。
「……(ここは………。そして私は……一体…)」
これからどうなるのだろう。
不安で借り物だと分りつつも上着をぎゅっと握り締めると不意に視界に誰かが、
「 !! !」
人懐っこそうな笑顔を浮かべる少年が顔を覗き込んできた。
温かみのある橙の髪と瞳が印象的だ。
例によって言葉は解せぬが。
びっくりしてると少年の後ろに青い長髪の男が立って、
「 」
少年の頭を小突く。
直後にその頭を押さえながら少年が唇を尖らせた。
ああ…なんだかよくわからないけども、和やかな空気だ。
彼らいい人そうに見えてじつは悪党で女襲ったあと売りさばくみたいなことしてるのかもしれないけど、今はなんて穏やかな空気だろう。
自然と口元が緩んだ所で、
「こんばんは。お嬢さん」
聴こえた言葉に耳を疑い、目を瞠った。
日本語…!?
声がした方に顔を向けると足を組んで椅子に座る妙齢の女の人がいた。
隠す所以外は全て透けてる、いわゆるシースルーの服で、おまけに凹凸がはっきりしているとても妖艶な女性。
手招きされたのでそっと近づく。
男の人の中で唯一の女の人。
ちょっとだけ安心した。
近くに行くと、なんか甘い匂いがする。
お菓子みたいな、とかそういう可愛いのじゃなくて、こう…なんていうか。
女の私でも(違う意味で)危ないカンジの匂い(わからない)。
「どこから来た? 見た所ここらの者じゃないね?」
!
霊能力者…!
エスパー!?
怪しいけど、すっごく怪しいけどここは正直に話してみよう…!
「あ…はい、あの、なんかよく覚えてないんですけど私いつのまにか、寝てたみたいで。起きたらここに――。ここは一体どこなんですか? 惑星名は…地球じゃないんですか?」
男に手を引かれる中で、ちらりと空を見た時に思った。
地球のものよりも少し小さな丸い月がまるで双子のように並ぶ月。
おまけに空の色が黒、というよりも濃い紫、に近い。
夢なら早く醒めてほしい所だけどあんなに怖い目に遭って未だ醒めないところを見ると……。
「へえ…。それは大変だったね」
けれど、私の問いには答えず女は笑顔を浮かべたままぽつりとそう言った。
「いえ、それはそうなんですが。あの、」
「はっきり言って、あんたは招かれざる客だ――意味が解るか?」
私の言葉を遮り告げた、どこか刺々しいその言の葉。
はっとしてその顔を見ると女は一瞬だけ、険しい目つきで私を見据え。
「ここがどういう世界で、どうやって元の世界へ帰るか…教えてあげられたらいいけどな、残念ながらそれは俺の役目じゃない。お前自身の力で切り拓くものだ」
「……(やばい。容姿に合わない一人称が気になりすぎて話に集中できない)」
「だが……賛助することは、俺にもできる」
不意にやんわりと微笑んだかと思うと女性は私の頭上に手を翳した。
直後白い光が私を包み込み、血塗れの顔、乱れた衣服を一瞬で治してくれる。
生まれて初めて間近で見た魔法に思わず口をあんぐりと開けた私に、
「どうした? 何も珍しいものじゃないだろう?」
「…あの、どうして言葉が…?」
「奴らとは頭のデキが違うんだよ」
人差し指で頭を指しながら言う女性…の言葉がさっきからなんだか、男のようになってる気がするんだけど。
まぁ現実世界でも腐の友達なんかは一人称僕だけどさ、綺麗な人なのに俺、って合わないなぁ。
「……」
じっと見つめていると私の視線に何が言いたいのか解ったのか、
「ああ、言っとくけどこれも力の一種だからな?」
「ちから……」
魔力みたいなものだろうか。
それがこの世界では普通で、この女の人…に見えるのも実は魔法で、本当は男ってこと?
いやいや、まさか!
頭の中で生まれた過程を私は否定する。
だって、だとしたら、私。
頭が混乱して胸の中にじわりと恐怖が広がった。
「……そういえば、お前の姓は」
「…姓? 名前はいいの?」
「この世界じゃ名前を教えると相手に自らを差し出すようなものだ。〝私は貴方の物です、どうぞお好きになさって構いません。〟征服されるのが嫌なら名前は名乗らないことだな――お前の名前は?」
「(名前、と聞かれるとつい下の名前を答えがちだけど、苗字だけを言えばいいんだよね)……カシイ」
「カシイ。お前今のままじゃ困るだろうしな、いいもんやるよ」
科学と言う世で生きて20年。
実際目にした以上そういうものだと認めるべきなんだろうけど。
どうにも合点が……頬を抓ったりしてみても痛みは本物で(夢の中だと本当に痛くないんだ、これが!)それでも未だ信じられず悶々としていたら右手首を掴まれて。
「まず、これはいらねぇな」と、時計が外された。
「! あっ、何するんですか!」
背後に投げられたそれはくるくると弧を描きながら床に落ちる。
ソーラー型電池の腕時計…!
半永久的に使えるからこの世界でもおそらく必需品リストに入るのに!
「今何時か、時間が分るんですよ! この世界でも必要でしょう!?」
「空見てりゃ朝か夜ぐらい判るだろ」
それで充分だ、とその人は言うと掴んでいた右手首を強く自分の方へと引き寄せ…唇を寄せた。
「な!?」
紅く色づいた唇が手に触れる。
隙間から熱い舌が顔を出したかと思うとぬるりと肌を這い始めた。
何か温かい波動のようなものがそこから伝わってくると同時に、ぞくぞくとしたものが体の中に込み上げる。
「んっ…! ちょっ、ひぁ…!」
「あ? もしかして肌舐められるのも初めてなのか?」
「っ…!」
喋るために唇を動かすだけでも、その状態でするものだから体がヘンに強張ってしまう。
「いいもんやるって言っただろーが。心配しなくても…俺の力を送りこんでるだけだ」
「力っ…を?」
「お前みたいに元から魔力のない人間には、その身を護る守護を得る為にもこんな生ぬるい方法じゃなく直接送り込んた方がいいが……いくらなんでも、それはなあ? 俺は別にかまわないけど、お前は嫌だろ?」
「え? まさか直接って……」
「身体的交わり――性交だ」
言葉の後、しゅんっと音を立てて見事に右腕に嵌った腕輪に、
「……その反応を見ると、言葉自体も慣れてないらしいな?」
その腕輪の効力に、私は気付いていなかった。
と、いうよりも元々知らなかったんだけど。
唇に弧を描き濃艶に笑う女性が、みるみるうちに男の姿へと変わる。
「!?(お、オトコっ…!?)」
今までは女体化していただけなのか、でも男の人でもどこか艶やかな、中世的な雰囲気を放つ。
「よければこの俺様が直々に――教えてやってもいいぜ?」
顎に指が置かれ、すっとその顔が近付く。
いろいろとびっくりなことが多くて思考回路が停止していたけどすぐにまた、軸がゆっくりと回転し始める。
思わず眉間に皺を寄せた私は、遠慮なくその頬を叩いた。
ぱちん、という音になぜだか周りの空気が固まった気がしたけど。
「お生憎ですが、恋仲の者がいますので」
ついつい口をついて出た言葉だけど、細かく追及してくるようなら携帯にある合田の写真でも見せればいいや。
ってあれ、私手荷物持ってるよ…ね?
不安がちに自分の手を見て、いろいろあったけどちゃんとバッグを持っててほっとした。
そうこうしてたら尚もその人は微笑んだまま、
「では情夫に」
懲りずに手の甲に口づけた。
じょうふ…?
首を傾げた私が口にするよりも前に
「ジョーフってなんだ? アルフォンス」
「!」
突如聴こえた声にはっとした。
横を見ると、少し前に無邪気な笑みを見せた橙色の髪の少年が小首を傾げている。
「お前にはまだ早いよ、ヤルミル」
手は触れたまま――しかし男の人は、先ほどの女性に姿を戻した。
突如として鼻腔に入りこんだ色香にクラクラする。
「さて、遅れたがアンタに私らのことを教えないとね。まずは軽く自己紹介からいこうか」
そして口調もそれらしいのに戻ってほっとした。
やっぱり途中から男になった辺り、ちょっと違和感を感じてたんだよね。
……そういえば。
私、彼らの言葉が、理解できてる?
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