いろんなお話たち
学校で一番好きな時間って。
私は放課後だったりする。
中学の時は。
部活は必須で仕方なく美術部に入ってたけど高校ではフリーだった。
同じ帰宅部の子と学校で遊んだり、部活が休みの子と談笑したり、ここぞとばかりに資料室などで昼寝(夕寝?)に興じてる先生をからかいに行ったり。
カラオケに行ったりパフェを食べに喫茶店に行ったりもしたけど、私はほとんど暗くなるまで学校で時間をつぶした。
好きだったのだ、あの雰囲気が。
窓から斜めに差し込む黄昏色の光。
昼間の喧騒がうそのように静まる広い校舎。
誰もいない教室にぽつねんと一人佇んでいると、意味もなく無性に泣けてきたりもした。
机の落書きを指でなぞってはセンチメンタルな気分になって溜息吐いたり。
たまに男子から訳のわからない呼び出しを受けたことが何度かあったけれど、そのたびに逃げるのを手伝ってくれる合田には感謝してた。(集団で呼び出されるとかリンチされるかと思った。まじで怖い)
そんな中だ。
平凡な制服でも可愛く着こなすお姉さまが。
突如現れたお姉さまが言ったのだ。
今にも泣きそうな顔で、
『ごめんね、まなか』
「……え?」
もちろん。
急に謝られても、なんのことかわからずに。
『……全部私のわがままだったの。私の勝手さ故に、こんな……本当にごめんなさい、まなか』
「な、なにお姉…そんな顔することないよ。異次元とかさ、普通の人じゃ体験できないんだし、面白いじゃん! 私結構前向きに考えてるし、だから……だから、」
『ごめんなさい』
や、だからなんで謝るの?
襲われそうになったこと?
そんなの現実世界でもありえることだし、確率は皆一緒だよ。
確かに怖かったけど、でも、もしものときは潔く諦めるから。
私ちゃんと甘んじる覚悟あるから、……ってなんか大げさなこと言っちゃってるけど、もしもお姉がそんなこと気にしてるなら杞憂だってことで、
「……お姉さ、ま」
ひどいじゃんか。
会ったら、なんであんな断交メールしたの?って詰問しようと思ったのに。
そんな顔するなんて。
お姉、お姉、…………おねえさま。
「……ん、で」
――ナンデ――
瞼を開けると視界が滲んでいた。
目尻から水滴が垂れる。
熱いソレが触れた肌は、外気に晒された途端少し温度が下がる。
私、なんで夢ごときに泣いてるんだろう?
会いたいと思ってるから夢の中に現れただけ。
嫌なこと考えてるから、あんな出会いになっただけ。
夢は見る人の年齢を顕す、って。
だとすると私はまだ子供ってことだ。
最悪なパターンばかり考えて、夢の中でも言いたいことを素直に言えない子供。
「さいあく、私…」
本当に、最低最悪だ。
不安な時にあんな夢。
『ごめんね』
今もまだ脳内に強く響く美紀姉の言葉。
ホンモノだったらありえない。
だって美紀姉は、あんな顔しないもん。
あんなふうに謝らないもん。
あんなふうに……ああ、やだ。
どうして涙、止まらないのよぉ。
「……う…」
お姉さま。
私の中の美紀姉さま。
せめて、今顔を出すなら。
がんばれ
ぐらい、言ってくれませんか。
すぐにも帰りたいところだけど、きっと世の中そんなに甘くないから。
これからもっともっと、大変な思いするだろうから。
全部投げ出したいほど辛い目に遭った時に、少しでも頑張れるように。
『まなかなら大丈夫だよ』
とびきりスマイルとともに、お力添えを願いたかった。
ゆっくり、ゆっくりと。
地平線から陽が昇ってくる。
地球の太陽と同じ白っぽい淡い色の光を放ちながら。
この世界での、朝日。
夜は不気味だったけど日の入りは同じか。
見れば二つの満月もどこかに消えて、紫の空も碧くなりつつある。
少しだけ違うのは、直接見ても眩しく感じない所かな。
涙でだいぶ視界がぼやけている所為もあるかもしれないけど。
「……」
本当は、もう一眠りしても良かった。
でも、…中々難しいもんなんだな、これが。
他に人影もなかったし。
塀の上。
ぷらぷらと足を投げ出しながら。
浅く息を吸って。
唇を動かす。
♪~~♪~~♪~~
「…………」
気分転換に唄ったのに、涙腺が壊れそうだった。
バラード選んだのが失敗か。
思わず感情移入してしまった。
瑕疵がさらに抉られた気分です。
「どうせなら応援歌にすれば良かったかな……、」
その単語で不意に浮かんできた歌手。
歌。
けれど、頭を振った。
カラオケに行ってないせいもあるんだろうけど、だからと言って起きぬけに2曲連続で歌う気力はない。
しかもBGMなし&アカペラとくると。
「(そろそろ戻るか…)」
ボロ家…否、空き家から多少離れているとはいえ。
探しに来られたりでもしたら厄介だ。
折角今イイ気分なのに、…顔も洗わないといけないし。
「(どうせ旅するならヌーリの惑星が良かったなあ)」
不死身とやらの能力を間近で見たかった。
そう思いながら塀からぴょいっと飛び降りる。
くるりと体を方向転換――――――。
「!」
見えた橙の頭に、呼吸が止まるかと思った。
彼は少しだけ悲しそうな顔をしていたけど、眼があった途端にこりと微笑んで。
「おはよう! カシイ」
部屋見たらいなかったから迎えに来たよ! ……とかなんとか言いながら駆け寄ってきた。
朝日を反射してきれいに光る橙色。
昨日、話をした男の中ではおそらく一番若い、少年と呼べるであろう人。
「…お、はよう……えーっと、ヤルミル、くん?」
「クンは付けなくていいぜ! なんか気持ち悪いからさぁ」
「あ、そう…ですか」
「? カシイどうした? どこか具合悪い?」
額に汗をだらだら流しながら目線を泳がせる私の顔を、ヤルミルが覗き込んできた。
具合悪いっていうか、なんていうか。
何が言いたいか、分らないかなぁ? ヤルミルくん。
「(………なんであんなカオしてたんだろう、って)」
考えなくても粗方わかる。
わかる、のに。
「…い、いつからいたの?」
「んー。少し前から。でもなんか歌が聴こえて、」
「わ――――っ!!!」
手で耳(の部分)をぽんぽん叩く。
突然声をあげ奇妙な動きをした私に、ヤルミルが驚いたように言葉を切った。
「………あ……ジャマしないように俺、声かけなかったんだけど…駄目だったか?」
「いっ、いやいや? 全然構わないよ。むしろ気を遣わせたみたいでごめんねなんか(うわぁぁぁあん)」
ああ、発狂しそう。
気まずい。
恥ずかしい。
いやだ。
恥。
恥。
恥。
……恥!
あの距離で聴こえるかな?思ったけど、そうよね、静かだし聴こえるわよね。
ははははは。
「っていうかカシイって、歌上手いんだな」
「おおおおお世辞でも嬉しくないですからヤメテ! ――いや、やっぱり、嬉しいですありがとうございます、ヤルミルさん!」
「また聴かせてくれよ! 俺、カシイの歌気に入った!」
「えっ? あ、いや。あれは私のじゃなくて著作権がなんたらかんたら」
「……イヤ、なのか?」
「いいい嫌じゃないです! もちろんOKですとも!」
ああ、そんな顔されたら。
まぁここは違う世界だし、ちゃんと人様のよ、というのを教えた上で開示すればいいか。
……しかし童謡の場合細かなデータは持っていないので、まずいぞ……。
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