いろんなお話たち
「……っ」
男の唇に、舌に反応を見せる体。
好きでもない男に触られるなんて、至極不愉快で。
生理的に流れた涙を拭う太い指も、何もかもが厭わしい。
肉体的快楽しか求めないその姿。
見れば思いだす……。
学校帰りに、部屋に入ろうとして見た、悪夢。
私が居ない隙に無断で侵入したのか。
箪笥にきちんと畳んで入れておいた筈の衣類が全て出されていた。
朝とは違い、随分と変わり果てた様を見せる部屋に、奴がいた。
私の服が散乱する雑然としたその中心で。
私の下着に頬を摩りよせ、「可愛い」と連呼する狂人の姿を。
嫌でも思いだす。
時が止まったかと思った。
いきなりこんな、狂気の沙汰を見せられても。
朝までは普通に見送ってくれた。
仕事に行くという男を、私も見送ったのに。
惑乱した心で、正常な判断など出来る筈もなく。
瘋癲男の挙動をただ……、逃げればよかった。
その時に逃げればよかったんだ。
視線に気づいて男がその顔を歪めた時にはもう、私は。