CROW
あ。
彼女の心の隙間に響いた音。
「イヤ……とか、そんな言葉じゃなくて……」
気づいたら、口の中でそう言いよどんでいた。
本当は、この時点で負けを認めているに等しいのだ。
一ヶ月前なら、間違いなく「イヤだ」の即答だったろうに。
それに、洋子はふっと笑う。
「ああ、そうそう。義経くんからの伝言……『あの服が欲しい』って」
ぱんと弾けた風船のように、彼の声で甦る言葉。
加奈は、無意識に脇に抱えている紙袋に力をこめた。
顔を、歪める。
義経の声は、胸に迫ってくる。
やさしすぎない低音。
それが、心臓の鼓動に、直接語りかけてくるのだ。
何でだろ。
何で、こんなに、こんなに。
眉間にシワが寄ってしまった自分に、息を詰める。
唇を、真一文字にきりりと結んで。
加奈は、きつい表情のまま顔を上げた。
心が、心が彼を欲しがっている。
あの色を、あの声を。
自分の服の全てに挑戦する、彼自身。
義経は、自分のペースを崩す。
変わり者だし、めげないし。
とにかく、加奈が苦手なことだらけ。
それでも!
「母さん……条件がある」
それでも―― それでも、心は彼が欲しいというのだ。
一度気づくと、濁流のように体中を走り抜ける。
「服くらい、作ってやろうじゃないの……だから!」
秘書のおっさんは驚いていた。
母親は、きょとんとした顔をしていた。
「だから、あいつをあたしにちょうだい!」
時が止まった―― 気がした。
※
一瞬、全部の音がなくなってしまう。
けれども、そんなことはなく、現実が静かに戻ってくる。
カツ。
母親の爪が、机に当たった。
ハッ!
その音に我に返って、胃の辺りが一気に冷たくなる。
いま自分が、何を言ったのか、恐ろしくて反芻できない。
「あんた……ホントに、あたしにそっくりね」
ため息まじりの母親の言葉に、加奈は頭に血がのぼった。
人が真剣に言っているというのに。
服を作りたい、作りたい、作りたい、作りたい、作りたい。
以下、地球一周してしまうくらいのその衝動の頭には、必ず余計な一言がついてきた。
『彼の』、という。
「あたしも、そう義経くんに言ったの。惜しいけど、加奈専属モデルになってくれないかって…」
はぁ、と洋子は額を押さえる。
びっくりしたのは、加奈だ。
何とすごい読みをしているのか。
自分という人間を知り尽くされていることへの怒りがわくより先に、驚きのほうが全速力で駆け抜けていく。
しかし。
ということは。
「あ……」
加奈の頭の中で、線がつながった。
自分の希望が通ったことを知ったのだ。
アイツの服が作れる。
痛んだ胸が熱くなっていく。
多分、これが嬉しいという言葉なのだ。
こんなになるほど、自分は彼の服が作りたくてしょうがなかったのだと気づく。
なのに。
母親は、そんな加奈に向かって首を横に振った。
え?
「残念だわ……義経くんの答えは『ノー』だったの」
天国と地獄の狭間で、加奈は成仏できないまま、その言葉を聞かされたのだった。
彼女の心の隙間に響いた音。
「イヤ……とか、そんな言葉じゃなくて……」
気づいたら、口の中でそう言いよどんでいた。
本当は、この時点で負けを認めているに等しいのだ。
一ヶ月前なら、間違いなく「イヤだ」の即答だったろうに。
それに、洋子はふっと笑う。
「ああ、そうそう。義経くんからの伝言……『あの服が欲しい』って」
ぱんと弾けた風船のように、彼の声で甦る言葉。
加奈は、無意識に脇に抱えている紙袋に力をこめた。
顔を、歪める。
義経の声は、胸に迫ってくる。
やさしすぎない低音。
それが、心臓の鼓動に、直接語りかけてくるのだ。
何でだろ。
何で、こんなに、こんなに。
眉間にシワが寄ってしまった自分に、息を詰める。
唇を、真一文字にきりりと結んで。
加奈は、きつい表情のまま顔を上げた。
心が、心が彼を欲しがっている。
あの色を、あの声を。
自分の服の全てに挑戦する、彼自身。
義経は、自分のペースを崩す。
変わり者だし、めげないし。
とにかく、加奈が苦手なことだらけ。
それでも!
「母さん……条件がある」
それでも―― それでも、心は彼が欲しいというのだ。
一度気づくと、濁流のように体中を走り抜ける。
「服くらい、作ってやろうじゃないの……だから!」
秘書のおっさんは驚いていた。
母親は、きょとんとした顔をしていた。
「だから、あいつをあたしにちょうだい!」
時が止まった―― 気がした。
※
一瞬、全部の音がなくなってしまう。
けれども、そんなことはなく、現実が静かに戻ってくる。
カツ。
母親の爪が、机に当たった。
ハッ!
その音に我に返って、胃の辺りが一気に冷たくなる。
いま自分が、何を言ったのか、恐ろしくて反芻できない。
「あんた……ホントに、あたしにそっくりね」
ため息まじりの母親の言葉に、加奈は頭に血がのぼった。
人が真剣に言っているというのに。
服を作りたい、作りたい、作りたい、作りたい、作りたい。
以下、地球一周してしまうくらいのその衝動の頭には、必ず余計な一言がついてきた。
『彼の』、という。
「あたしも、そう義経くんに言ったの。惜しいけど、加奈専属モデルになってくれないかって…」
はぁ、と洋子は額を押さえる。
びっくりしたのは、加奈だ。
何とすごい読みをしているのか。
自分という人間を知り尽くされていることへの怒りがわくより先に、驚きのほうが全速力で駆け抜けていく。
しかし。
ということは。
「あ……」
加奈の頭の中で、線がつながった。
自分の希望が通ったことを知ったのだ。
アイツの服が作れる。
痛んだ胸が熱くなっていく。
多分、これが嬉しいという言葉なのだ。
こんなになるほど、自分は彼の服が作りたくてしょうがなかったのだと気づく。
なのに。
母親は、そんな加奈に向かって首を横に振った。
え?
「残念だわ……義経くんの答えは『ノー』だったの」
天国と地獄の狭間で、加奈は成仏できないまま、その言葉を聞かされたのだった。