CROW
「加奈が、やっきになって女物の服を作っているのが…それが、誰の…いや、オレのせいか?」

 ぐるりと作業場を見渡す目。

 義経は、それからまっすぐに加奈を射抜いた。

 説明を求める表情だ。

「そ…そうだよ! お前のせいだよ…何でいま、あたしがこんな無茶苦茶な生活して、服作って店に入れて。一生懸命名前売ってんのか、スポンサー探してるのは!」

 お前が、お前が!

 義経が、彼女の専属になるのはいやだって言ったから。

 だから――加奈は。

 言葉にすればするほど、目が熱くて痛くてしょうがなくなる。

 最後の方は、もうぎゅっと閉じていなければいけないくらい。

 悔しくて、悲しくて、悔しくて。

 気づけば、両方の手できつく拳を作っていた。

「スポンサーつかまえて、自分のブランド持って……金積んで…それからお前をうちのモデルとして、契約させりゃいいんだろ!? 『YOKO』から引き抜きゃいいんだろうが!」

 喉も、痛い。

 熱湯を飲まされた気分だ。

 そうでなきゃ、喉の中で自分より温度の高い生き物がうごめいている。

 うっと、嗚咽が競りあがってきた。

 自分のシャツを引っ張り上げて、加奈は顔を隠す。

 この顔こそ、義経に見られたくなかった。

「加奈……」

 名前が呼ばれると同時に、足音が近づいてくる。

 びくっと、加奈はもっと後方に逃げたかった。

 しかし、それより先に腕が捕まえられる。

 背中に腕が回され、厚い胸の中に引っ張り込まれる。

「加奈……大正解」

 ぎゅっと抱かれる腕の強さが、まるで加奈を内側から支えるみたいに温かくて。

「お前のやってることは、一番正しい……それは、オレが待っているものだ」

 洋子のお膳立てではなく、実力でオレを引き抜け、と。

 そう、義経が言うのだ。

「泣かせちまったな…オレのせいだ」

 義経が、ぜんぜん悪くなさそうにそう囁くものだから、加奈はバカやろうと言いながら、彼の胸に泣き崩れてしまった。

 間違ってなかった。

 自分が模索していた道は、間違っていなかったのだ。

 でも、こうなってしまうくらい、自分は義経が欲しかったのだと思い知らされる。

 この色、強さ。

 自分を抱く、腕の全て。

「泣くな…」

 言われても、それは難しい。

 どんどん足に力が入らなくなって、彼の腕にかけた手も、ずるずると落ちていく。

 このままでは、床に落ちるまで大した時間はかからないだろう。

 その腕が、ぐいと上に引っ張られ。

 あっと思った時には、世界が一転していた。

 自分がいま、天井を見ていることに気づく。

 天井の手前に、義経の頬のアップがある。

 またしても、抱き上げられてしまったのだ。

「軽いなぁ……ホントにちゃんとメシ食ってんのか?」

 切ない、義経の目とぶつかる。

 二度目だ、と思った。

 玄関の前と今。

 ソファに運ばれる時、同じように抱えられたかもしれないが、その時の彼女は意識がなく覚えていない。

 いや。

 意識がないと言えば。

 こんなことが。

 前にもあった気がした。

 もっともっと前。

 腕に絡まる――メジャーの感触。

「まずは身体つくらねぇでムリするから、簡単に倒れるんだ。こんなやせっぽちで、どっから力出すんだ?」

 加奈は、彼の肩口に顔をうずめて、泣き顔を見られないようにする。

「そんなんじゃ、スポンサーにも逃げられちまうぞ」

 なのに、勝手なことを言うものだから、加奈は怒ろうとした。

 だが、まだ涙が引ききっていない自分に気づき、顔をくしゃくしゃにする。

 そのまま、ぎゅっと彼の首に腕を回して力をこめた。

 声はまだ出せない。

 だから、腕で伝えるしかなかった。

 バカやろう、と。

 そんな彼女に、くすっと笑った吐息が聞こえる。

 声に似た、低い笑みの音。

 義経は、彼女を抱えたまま歩き出した。

 作業場を出たところで、ぴたりと足を止めた。

 冷え切った、空間。

「加奈……お前の部屋、どこだ」

 表情は見えない。

 加奈は、顔を肩にうずめているので、いま彼がどんな表情でそれを言ったのか、分からなかったのだ。

 彼女には、答えない権利がある。

 この家の住人として。あるいは、一個人として。

 とにかく、彼女はこれに答えなくてもいいのだ。

 加奈は、彼の腕の中で唇を噛んだ。

 眉を寄せて、もう一度ぎゅっと目を閉じた。

 息が――止まりそうだ。

 静寂が、うるさいくらいに迫ってくる。

 寒さは、静かさを際立たせるのだ。

 義経は、彼女を抱えて突っ立ったまま、筋肉ひとつ動かさずに答えを待ち続ける。


「……二階の、右の一番奥」


 嗚咽の残る喉で。

 答えてしまった。

 義経は、それにすぐには動かない。

 顎だけが、ゆっくりと自分に向けられた気がした。

「いいか、加奈…オレは今から、お前を部屋に連れて行く…ベッドにおろしてやる」

 静かな空気を、薄い刃で切る声。

 しゅうっと。

 布を裁断するように。

「その気がないなら、3秒以内に手を離せ…」


 布は――裁ち切られた。 
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