CROW

4:義経

「はいっ……羽村くん、次これ!」

 舞台から走って帰ってきた途端、次の服の用意が出来ている。

 破らんばかりの勢いで、ひんむかれる。

 それこそ、一瞬にして素っ裸だ。

 しかし、ショースタッフがそんなもので動じるはずなどない。

「はいよっ」

 ショーも後半に入った。

 会場も、裏方も興奮がピークに達しかけている。

 ひゅっと息を吐きながら、義経はシャツに袖を通した。

 しかし、それは加奈の作ったものではない。

 つい無意識に、彼は顎を巡らせて探してしまった。

 奥の鏡の前のボディにかかっている──あれ、だ。

 義経は、口の端を笑いに歪めながら、舞台へと向かった。

「よっ、コウ」

 同じ専属モデルの光一と、すれ違いざまにハイタッチ。

 会場まで響くんじゃないかというくらいの、大きな音がした。

 自分たちが出したくせに、二人一瞬足を止める。

 義経は、目を細めて。

 光一は、少し唇を尖らせて。

 そのまま何事もなかったかのように、二人は行きたい方向へと走り出した。

「遅い!」

 舞台の袖で、洋子にどつかれる。

 彼女の方を向き、服の最終チェックをされながら、すぐに回ってくる自分の出番を待った。

「オッケー、いっといで」

 ショーの最中ばかりは、洋子も人が変わる。

 目つきも、態度も──何もかも。

 そういうならば、きっと自分も同じだ。

 ぱっとライトの下に飛び出して、義経は顎を上げて笑みを浮かべた。

 すぐ後から現れた女性モデルに、アドリブで腕を取られる。

 義経は、驚かなかった。

 よくあることだ。

 ターンの瞬間、彼女の足を一瞬中に浮かせ、リフトのように片手で軽く振り回した。

 その勢いに、彼女の帽子が宙に取り残されてしまうが、ちゃんともう片方の手で捕まえ、再び頭の上に戻してやる。

 歓声があがった。

「サイコー!」

 舞台から降りるやいなや、女性モデルが興奮ぎみに義経の頬にキスしてきた。

 真っ赤な口紅も一緒にもらったせいで、スタッフが手間が増えたとブーブー言ったが、笑って流す。

「加奈ちゃん…ちょっとそこの針取って!」

 次の服に袖を通している時、すぐ後ろの方からそんな声投げられる。

 反射的に、振り返ってしまった。

 どうやら、誰かの助手をしているようだ。

 あーあ、あいつは。

 物凄く不機嫌そうな顔が、目に入る。

 その様子に、つい義経は吹き出してしまいそうになった。

 スタッフの手際に、イライラしているのが傍目からもはっきり分かる。

 何かの事故でほつれた衣装を直しているようだが、確かに加奈がやった方が百倍速く終わるだろう。

 それを言い出せないものだから、余計にイライラしているわけだ。

 まーだ、観念してないのか。

「羽村くん、こっちむいて」

 もう一度笑いかけた彼は、顔を無理やり違う方向へと引っ張られた。

 さっきの口紅の跡を直す作業がやってきたのだ。

 残念に思いながらも、「それ」が訪れる瞬間が近づいてきているのを、確かに感じていた。

 彼女の作った服。

 いざ着る時が来てもまだ、加奈はいまの位置でおとなしくしていられるのだろうか。

 それを考えると、どうしても顔が緩んでくる。

「ニヤニヤしないの! そんなにキスマークつけられたのが嬉しいの?スケベー」

 勝手に誤解したスタッフにつねられそうになる。

 それをひょいとかわして、義経は舞台へと向かった。

 加奈が、一瞬自分を見たのには、ちゃんと気づいていたけれども。

 ※

「はい、次ラスト! 義経くんと光一くん!」

 洋子が裏方へ駆け戻ってくる。

 義経と光一も、だ。

 これからしばらくの間、女性モデルたちが舞台を務めてくれる。

 その間、二人はトリの準備のために、洋子自ら仕上げてくれるのだ。

「加奈! 二人の服を全部持って、隣の部屋に入れてちょうだい! 二人とも来て…他は、そこで待ってなさい」

 彼女の指示に、スタッフ一同びっくりしている。

「先生一人じゃ……」

「いいのよ、最後くらい私がちゃんとやるわ。そのために時間をとってるんだから」

 交わされる言葉を飛び越えて、義経は加奈の方を見ていた。

 どういう反応をしているのか気にかかったのだ。

 彼女は、びっくりした顔のままで。

「加奈! 早くしなさい!」

 痛烈な怒りの声に、弾かれるように加奈が動き出し、ボディから服を引き抜く。

「ほら、義経くんも、ぼーっとしない!」

 強い力で腕を取られるや、隣の部屋に押し込まれた。

 そこは。

 きっと最初から、この時のために用意されていたのだ。

 洋子が、加奈を本気にさせるための舞台。

「加奈……義経くんを準備して」

 服を持って飛び込んできた娘に向かって、彼女は言い放つ。

 加奈は、わめきたてるかのように口を開けたが──ついに、唇を真一文字に結んだ。

 まっすぐに義経の前に立つ。

 洋子も光一の前に立った。

 唯一、親子の確執を知らないだろう光一は、しかし、真っ黒の前髪の奥にある目を、ちらりとも加奈に向けなかった。

 まったく興味がなさそうだ。

 もともと、光一はいろんなことに無関心すぎる。

 誰が正規の社員かすら、把握していないだろう。

 そういう意味では、いい人選だった。

 加奈が、遠慮なく暴れられる。

「さぁて、どっちが速いか競争しようか?」

 不敵なセリフを吐きながら、洋子は動き始めた。

 それよりも、加奈の動きの方が速い。

 すでに、義経が着ていた上着はひんむかれている。

 彼女に服を脱がされるのは、どうも妙な気分だ。

 だが、相手は一心不乱だった。

 義経のヌードがどうだとか、まったく気にかけていない。

 脱がし終わるや、今度はどんどん服を着せていく。

 彼は、それに黙って付き合うだけだった。

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