それでも、僕は恋をする。
「さあ。勉強するぞ」
直海さんは僕の背中をぽんっと叩いて、学習机の横に置いてある丸椅子に腰かけた。
「はーい」
「じゃ、今日は数学からな。これ、やってみ」
そう言って直海さんは、問題集を広げた。
僕は頭を勉強モードに切り替えて、問題に取りかかる。
その様子を、直海さんは僕の隣りで静かに眺めている。
直海さんは時々、部屋の時計を見上げたり、足を組みかえたり、ずり落ちてくる黒縁眼鏡を押し上げたりしている。
その様子をちらちらと見ていると、直海さんは「集中」と言って、僕の頭にチョップした。
一通り問題を解き終えると、直海さんは「見せてみ」と言って、答えをチェックし始めた。
「あらあらあら」
直海さんが感心したような声を出したかと思うと、
「俺の出番、なしじゃない」
と言って、にっこり笑った。
「完璧!よくできました!」
そう言うと、直海さんは僕のノートいっぱいに、惜しげもなく大きな花丸を書いた。
大学2年生の男にとっても、高校3年生の男にとっても、「花丸」は不釣り合いなものだったけど、僕はこの「花丸」が嬉しかった。
「よぉし。この調子で次いってみよう」
直海さんがにんまり笑って、問題集のページをめくった時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。