両親へのプレゼント
オーバーブッキング
私はすぐに予約のサブ責任者である長谷川に、
「8月16日、一部屋何とかならないか?」
無理だとは分かっていたが、私は念のため確認をした。
「冗談はよしてくださいよ。マイナス7ルーム(オーバーブッキング)から、まったく動きはないのですから」と長谷川が答えた。
「マジかよ」と私は少し荒い口調で言った。
しかし、私の心の中マイナス7ルームくらいなら何とかなりそうだと確信をした。
私は彼女のところへ戻ると、
「お待たせしました。お部屋をご用意させていただきすよ」と言ったのだ。
「でも、さっき満室とお聞きしましたけど...」
と彼女が不安そうに言ったため、
「先ほど、予約事務所に行って確認をしたら、1件キャンセルをしていないのがあったので、大丈夫ですよ」と咄嗟に嘘をついた。
「ありがとうございます。本来なら嬉しいのですが....」と彼女が言うと、
「どうかされましたか?」と私は聞いた。
「実は、こちらのホテルがそんなに料金がかかると思っていなかったもので、私自身の全てのお金が25,000円少々しかないのです。今回は他のホテルも満室のようなので諦めます。次回はお金を貯めてから来たいと思います。今までいろいろと調べて頂き、ありがとうございました」
と彼女は礼を言い、立ち去ろうとした。
「お客様、お待ち下さい。確かにパンフレットに提示している料金が3万円からというのは本当です。しかし、今回だけ特別に2名様、25,000円で結構です。もちろん、税金も含まれていますのでご安心下さい。その日は、あなたのご両親の結婚記念日ですから」
と私は上司に相談をせずに即答をしてしまったのだ。
彼女は信じられないような顔をして、
「ほんとうにありがとうございます」
と言って、頭を深く下げた。
その時に初めて、私はまだ彼女の名前、連絡先を聞いていなかったことに気付き、その場で確認をした。
彼女の名前は、小池梨奈(リナ)高校1年生である。
そして、予約時の名前は父親の小池洋(ヒロシ)と聞き、私はポケットに入れていたメモ帳に名前と彼女の自宅の電話番号を控えた。
私は翌日、宿泊課長である松浜に報告をしなければならないことが2点あった。
一つ目は、満室の日(8月16日)に予約をとってしまったこと。
二つ目は、誰にも相談をせずに、私が勝手に料金を下げたことである。
その日、私が夜勤で出社してすぐに、昨日の予約の件で松浜課長に全てを打ち明けた。
当然、私が勝手に判断したことに対して、強く叱られた。
話の最後に、松浜課長から
「そこまでお客様のことを考えているのなら、最後まで責任を持ってやりなさい」
「わかりました。今回の件は、申し訳ございませんでした」
と私が頭を下げ立ち去ろうとした時、課長が私に、
「白鳥の8月16日のシフトは夜勤にしておきなさい。あと、その日は満室だから頑張ってくれよ」
と言ってくれた。
非常に嬉しい言葉であった。
「ありがとうございます」と言い、課長の席を離れた。
つづく