奇跡の花『miraculous flower』―正直僕は強くない。けど、僕達は強い。
最初の一本目は新覇が面をとりに行ったところを流れるような速さで防ぎ梅春は貫き銅を決めようとした。ただし、最後の三本勝負ということもあって、いつもより集中できていたおかげでう防ぐことができた。本当に貫き銅が来ていれば。梅春はあえて、貫き銅の構えをとって新覇を防御に誘って、隙のできた小手に竹刀で描いた見事な放物線を叩き込んだ。
「小手」という怒号と共に一本目は終了した。
続く2本目、今度は新覇は相手の出方を待たずに、積極的に攻めに行った。
「面、面、面、面…」と幾度もなく新覇の怒号と共に竹刀のぶつかり合う甲高い音が鳴り響いた。そして、一瞬の隙をついて小手を取りに行ったが、っこれを難なく梅春に見切られて、竹刀を上から押し付けられた。先ほどから、休憩を抜いても1時間以上真剣勝負を続けていて、さっきの怒涛の攻めにより腕が付かれていたことと先ほどに強烈な小手への一撃が相まって、新覇の手の握力がほんの一瞬緩んだ。その瞬間を見逃すほど梅春は甘くない。次の瞬間に梅春は抑えこんだ新覇の竹刀をその方向に竹刀を利用して力任せに巻き取った。甲高い音と共に梅春の竹刀が新覇の足にぶち当たった。新覇は一瞬わけがわからなかったが、自身の竹刀が飛ばされたと知って負けを認めた。しかも、辺りを見回しても竹刀はなかった。白百合がぽつりと「刺さっている」と言っているのをきいて、初めて気が付いた。なんと4メートル以上ある天井に新覇の巻き上げられた竹刀がそのまま鉄骨と天上の隙間の空間に突き刺さっていたのだ。
「これが君と私の差だ。あきらめて、1000本目を献上するんだな」
その言葉とは裏腹に、新覇は自身の魁現士としての能力で、木を腕から生やして、それを操って、竹刀を回収した。
「いやだね。それだけは絶対にしたくない」
「クスッ。そうだ。そうこなくてはな」
(こんなところであきらめるクズなら、最初から相手にしてないしな)
「これで最後にしてやる」
(にしても、さっきから体と左目が嫌に熱い。さっきのも言い訳するつもりはないが、今のレベルにまで成長した僕は普段ならあんなにもあっさり巻きあげられるわけがない。さっきの一本目から、集中するたびにどんどん熱くなっているのは解る。正直後日改めて再戦をしたいが、ここで降りたら、それこそ信用も無くすし、男が廃る。こんなことになったのも、今まで一本たりとも取れなかったからだ。全ては自己責任か。現実は厳しいね)
「それはこっちのセリフだ。次で1000本目。約半年かかったが、これで終わりだ」
2人は一連の作法をした後、互いの竹刀の切っ先を合わせると同時に本日最後の試合を始めた。
最初から梅春は一気に決めてきた。新覇はただ防戦するしかなかった。そして、ついに梅春の振り下ろした竹刀が新覇の竹刀を一瞬そらし、その隙に面をとりにいった。竹刀が防具にあたる甲高くも鈍い音が聞こえた。しかし、双方の顔に安堵の文字はなかった。なぜなら、新覇がギリギリのところで竹刀を交わし、顔の側面から肩にかけての部分にあたったのである。そして、お互いに竹刀で少しの間鍔迫り合い合いをして、元の位置に戻って仕切りなおした。
(こいつ今さっき私の攻撃を紙一重でよけやがったのか?それとも私のミスか?いや、私のミスはなかったはずだ。いつもなら絶対に決まっていた。つまり、あいつがいつも通りではないってことだ。いったい何しやがったんだあいつは)
(今のは本当にラッキーだった。いつもの僕なら、確実に仕留められていた。でも、妙だな。なんでよけられたんだろう。思い出せ…。確か梅春さんが竹刀を弾いた、いや、弾く前に面が来る光景が見えたんだ。それで、怖くなって避けたら。次の瞬間に面が飛んできた。いったい、どうなっているんだ。とにかく、相手の動きが少し見切れることができるっていうのは解った。けど、どうやったんだ?やり方が全く分かんないぞ)
そして再度竹刀の切っ先を合わせて、勝負を始めた。今度は梅春は相手の出方をうかがう体勢をとったが、新覇もなかなか攻めてこないので、少しの間足を床にたたきつける音だけが響いた。そしてついに新覇が動いた。新覇は一気に面を狙いに行ったが、梅春に防がれて、逆に貫き銅のカウンターを食らいかけた。何とか面を全力で打ちにいく前に防がれる光景がぼんやりと浮かんだために少し抑え目に行ったことが幸いし、間一髪のところで避けられた。
(こいついったいどうなっているんだ。今のは完ぺきにいつものこいつなら決まっていただろ。動きが全くの別人みたいになっているじゃない)
(また、よけられた。今のも一瞬先の光景がぼんやりだけど見えた。それに、からだの動きも自分の体じゃないくらいキレてきている)
(このままじゃ、らちがあかない。ここは、捨て身覚悟で一本とりに行く)
すると梅春は中段に構え直し、そのまま新覇の小手と面を流れるような竹刀さばきで全速力で狙いに行った。それと呼応するかのように新覇もうごきだした。『小手、面』バチンと竹刀の甲高い音が防具にあたって少し吸収された鈍い音が鳴り響いた。しばらくの間静寂に包まれた。新覇はわけがわからなかった。ただわかったのは、相手の動きの一瞬先をまた捉えれたので、それをつぶそうとしたところ。まるで何年も反復練習したかのような動きで梅春の竹刀のつばの上の部分に的確な打撃を与えてそらし、そのまま面を奪いに行った。そして、吸い込まれるように梅春の防具に命中した。新覇は半ば放心状態のまま斬新を終えて、梅春と距離をとり竹刀を中段に構えて、一連の動きをし終わった時、初めて自分が勝ったことを認識した。
(勝ったんだ。最後の最後であの梅春彩華から一本取れたんだ)
「よっしゃああああああああああ~」と新覇の歓声だけが、剣道場に響いた。
「咲さん、見ましたか?一本ついに1000本目にして取れました」
「……」
「咲さん、きぃてますか?」
「ごめん。うん、ばっちり見ていたよ。おめでとう。これで、罰ゲーム回避&サービス券獲得だね」
「はい、本当に勝ててよかったです」
「梅春さんもありがとうございました。また、これからも試合してください。よろしくお願いします」
「………」
「あ、あの、梅春さん大丈夫ですか?」
「あ、ああ、私は大丈夫だ。何の問題もない」
「本当ですか?もしかして打ち所が悪かったとか?」
その瞬間竹刀の風圧がが顔をかすめた。
「一度勝ったぐらいで調子に乗るなよ」
「はい、肝に銘じておきます。それにしても、いつもの調子に戻ったみたいでよかったです」
「なんだ。いっちょ前に私の心配をしていたのか、君も随分とえらくなったもんだな。安心しろ。今日うけた屈辱をこれから何倍にもして毎日返してやる。逃げんなよ」
「梅春さん。はい、これからも指導よろしくお願いします」といい頭を下げた。その瞬間新覇は視界がゆがんでみえた。
「あ、あれ」
危うく床に頭からぶつかりそうになった。
「おい(ねぇ)、『大丈夫』か(なの)?」
「ああ、うん、大丈夫。ちょっと、頭がくらくらするだけ」
「おまえ無茶な能力使ったのか?」
「バカにしないでくれるかな?これは能力なしのあくまで剣の腕の勝負でしょ。じゃなきゃ、僕が1000回挑んでも君には絶対に勝てないよ」
「そうか、すまんわるかった。ただ、新覇顔が赤いぞ。すぐに寮に帰って安静した方がいい。なんなら、担当医に連絡するか?」
「いや、昨日見てもらって、大丈夫だったから、たぶん大したことないよ。ちょっと集中しすぎただけだよ。2人とも心配しないで」
「わかった。戸締りとかは私と彩華ちゃんでしとくから、道統君は先に寮に戻っていいよ」
「ごめん、助かる。ありがとう」
「一人でちゃんと帰れるの?」
「うん、大丈夫。だから、心配しないで。じゃあ、また明後日の交流戦で」
「ああ、またな」
「うん、がんばってね」
「あ、梅春さん約束の件楽しみにしといてね♪」
「ふん、そのげんきがあれば大丈夫だろう。いつもなら、はっ倒してやりたいとこだが今日は引き下がってやる。気分が変わらないうちに帰りたまえ」
新覇は女子剣道部の使っている剣道場を後にして、なんとか寮に戻り。そのまま誰もいないお風呂場に直行して、体を洗って、ゆっくり湯船に浸かって疲れをとった。上がる前にもう一度全身を洗い流して、ジャージを着て部屋に帰った。
そのころ梅春と白百合もお風呂に入り終わって、ジャージに着替えて部屋に帰っていた。そして、お互い何も話さずにいたが、考えていることは同じだった。それは新覇が梅春から見事な一本を決めたあの動きだった。あの動きは、今まで何百本と手合せしてきた梅春とそれを傍から観察していた白百合だからこそわかることであったが、明らかに動きが別人であった。そして、彼女たちはその動きをするものに心当たりがあった。それは梅春たちが新覇と特訓を始めてから、約2ヶ月後に参加し始めた方で、圧倒的な強さを持つ方であった。梅春は幾度となく部活やその個人特訓の合間に戦ったが、いまだに5回やって1回勝てるかどうかぐらいの実力差がある方で。今日新覇にもらったあの技もまさにその方の得意技の一つだった。そして、白百合も梅春たちが特訓をしている間に動きを見ていたので、誰かはすぐに検討が付いた。ただ、2人とも何が何だかよくわからなかった。
「『どうして』新覇(道統君)が、『あの技をあの流れるような動きで、あの人と瓜二つに使える』んだ(のかなぁ)?『やっぱり、直接本人達に聞くしか』ないな(ないわね)」

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