氷の魔女と人魚の宝珠
揺れる海藻の街路樹の陰に隠れて、水底に降り立つ。

不意に気配を感じて振り返ると…

おとなしそうな顔の人魚の少年が、海底に直立し、目を丸くしてスリサズを見ていた。

「天使さま…
天空の騎士さま…?」

少年人魚の目には、スリサズが空から舞い降りてきたように見えたのだ。

(しまった!)

戸惑うスリサズに、少年人魚がすがりつく。

「天使さま、助けてください!
ぼく、何だか…
この町がヘンに思えて仕方ないんです!
何がおかしいのかわからないけど、何もかもがおかしくて…
自分が自分じゃないみたいで…」

ヘルメットに仕込んだ集音の魔石が、変声期前の少年の声を拾い上げる。

海中でも、少年が泣いているのはわかった。

「キミ、もしかして…」

拡声の魔石がヘルメット内のスリサズの声を海中に送り出す。

泡がブクブクいうのが邪魔だが、呼吸の魔石は買えなかったので仕方ない。

「天使さま!
ぼくは頭がヘンになってしまったのでしょうか?
毎日妙に息苦しいんです!
ぼくは病気なのでしょうか!?」

「ううん、そんなことないわよ!」

スリサズは少年の両肩を掴んだ。

人魚と人間では年の取り方が異なるので、実際の年齢はスリサズよりも上かもしれないが、その顔は人間でいえば十二、三歳の子供に見える。

スリサズは、お姉さんとして、この子を落ち着かせてあげたいと思った。

「キミ、名前は?」

「ロッコです」

「ロッコ、聴いて。
キミは本当は人魚なの」

「え…?」

「キミは人魚なの。
それにここは海の中なのよ」



ゴボ………ッ!!



突然、ロッコが苦しみ出した。

「ロッコ!
エラで呼吸して!
キミは人魚なの!」

ゴボゴボガボ…

「ロッコ!!」

人魚は肺とエラの両方で呼吸できる。

ついさっきまでロッコは無意識でエラ呼吸をしていた。

しかし幻術が中途半端に解けた今、少年人魚は肺だけで呼吸をしようとしている。

「クッ!!」

スリサズは潜水服の重りを外し、ロッコを抱き抱えた。

すぐにでも海上に出て呼吸をさせてやりたいところだけれど、急な上昇による急激な水圧の変化は体に減圧症をもたらし、脳や内臓にダメージを与え、後遺症も残りうる。
< 5 / 10 >

この作品をシェア

pagetop