301号室、302号室、303号室
「・・・これ、何?」
気が付くと、女は毛布を頭から被り、部屋の隅に座り込んでいた。
嫌な予感がした。
あ、やっぱり・・・。
彼女の元に近付いて、その予感は的中していたことを知る。
壁に取り付けられた特殊なマイクと、そこから繋がったアンプ。
さらにそのアンプから伸びるヘッドホン。
彼女はその、怪しすぎる器材に、完全に興味を示していた。
「もしかしてこれ・・盗聴器ってやつ?」
面倒なことになった。
こういうとき、咄嗟に嘘をつけないのも、僕の愚かなところだ。
ただ、あからさまにあたふたしていると、彼女はヘッドホンを手にした。
「これ、どうやるの?」
予想外の反応。
もっと、引かれたり、気持ちわるがられたり、逃げられたり、するのかと思ってたから。
幾らか、安心する。
電源を入れて、音量の調節の仕方などを教えてあげると、彼女はイタズラをする子供のようにはしゃぎ始めた。
「すごい!よく聞こえる!」
「どんな?」
「・・・何だろう、電話してるのかな」
「ちょっと、貸してください」
彼女から、ヘッドホンを取り上げる。
電話、って・・誰とだろう・・・
『んー、大丈夫やって。もう、おかん心配しすぎよ。うん、分かってる。』
どうやら、母親と電話をしているらしい。
ということは・・・・
彼女は痛々しいほどに明るい声色で、じゃあまたね、と口にして、電話を切った、直後にため息を溢した。
やっぱり。
家族と電話をしてるときの彼女は、いつもそうだ。
いつも、無理矢理明るく振る舞って、電話が終わると、一人、深いため息をつく。
『・・・・もう、どうしたらええんやろ』
そう呟く、弱々しい声が耳を伝って、僕の身体中を憂鬱でいっぱいにした。
喉の奥がぎゅっと狭くなるみたいに、息苦しい。
僕は一年前から、このアパートに住み始めた。
302号室に住む桜田レミの隣の、301号室に部屋を借りて。
全ては、彼女のことを深く知るためだった。
脆くて、今にも壊れてしまいそうな彼女の闇を、ちゃんと理解し、僕が救ってあげたいと思ったから。