301号室、302号室、303号室
先刻、レミが呟いた独り言を最後に、ヘッドホンからは無音の音声しか聞こえなくなった。
それでもなお、僕はヘッドホンをしたまま、膝を抱えて座りこんでいる。
休みの日は、こうして、音がしないヘッドホンを耳に当てたまま、一日が終わることもある。
それでも、彼女の呼吸だったり、生活音だったりが聞こえると、それだけで安心できた。
いくら仕事でうまくいかなくても、同僚や後輩にどんどん追い抜かれても、上司に足蹴にされても、僕はまだ大丈夫だと思えた。
「湊、くん」
ヘッドホンが、女の手によって外された。
長い爪。
初めてちゃんと見た、女の手を見てそう思った。
彼女は、泣きそうな顔してるよ、と笑いもせずに言う。
素肌の上から毛布を被っただけの体で、僕のすぐ隣に、僕と同じように座って、顔を覗いてくる。
「なんでこんなこと、してるの?」
「・・・好きだからだよ」
「え?」
「彼女のことが、好きだから、こうするしか、ないんだ・・・」
アンプの電源を落とす僕の指を握る白い手に、長くて赤い爪。
女の指先は、心臓が凍り付きそうなほど、冷たかった。