301号室、302号室、303号室
薬指にピタリとはまる指輪は、この地球上にある、どんなものよりも美しく見えた。
部屋の灯りに照らされて、きらきらと眩しい。
「これ、給料何ヵ月ぶん?」
「教えない、けど、結構ええ値段した」
「ははっ、そっか、ありがとう。嬉しい。」
どうしよう。
浮かれすぎて、怖い。
「あ、そういえばこないだ実家帰ってんけど、たまたまおばさんにおうたから、少し話してきた」
「え!?おかん、なんか言ってた?」
「んー・・もっと涼子に頼って欲しいって」
「・・・・・・」
「もう無理ってなったら、いつだって、戻ってくればええって・・・ずーっと言いたくて言えてへんって、寂しそうにしてたで」
「・・・・そっか、」
「年末、帰らへんの?」
私が口を閉ざすと、「一緒に帰ろ、結婚の、挨拶もしたいし」と、彼は言った。
結婚の、と言われると、急に甘い会話のようになる。
けど、そんなことに揺らいでしまって、本当にいいんだろうか。
私はこんなふうに、ごく当たり前の幸せを、手に入れていいの?
きっと、実家に帰ってしまえば・・・
それ以前に、彼と結婚してしまえば、アイドルという夢を抱き続けることも、難しくなる。
ぽんっ
陸人の大きな手が、私の髪に触れた。
「そろそろ、幸せんなろ?涼子」
私が揺らぎ始めたのに気付いたのか、彼は私の目を見る。
この人に愛されているという事実に改めて気付いて、身震いするほどの喜びを感じた。
頭に過るのは、私にファンレターを出した「彼」の言葉。
『あなたの幸せが僕の幸せであり、あなたが辛いと、僕も辛いんです。』
『レミさんは今、幸せですか?』
私は、幸せに、なります。
ありがとう。
顔も知らない、どこかの誰か。
実際、面と向かって話すことはできないから、心の中で、あの弱々しい筆圧の文字を、私に対する不器用な愛の言葉を、ぎゅっと、強く強く抱き締めた。