六つの夢
夢一
                夢一
 携帯の振動を感じた私はポケットから電話を取り出した。悪友橋本肇からの電話。橋本は私の大学の時の同級生。卒業した後もよくいっしょに飲みに行ったり、遊びに行ったりする。
 橋本は最近よく誘ってくれる。私は週末一回ぐらいで十分。週に一度ぐらいは外出して、気分転換する必要はある。頻繁に飲みに行ったりすると、お金がかかるし、体が持たない。仕事をしてから気づいたことがある。会社は神経を使うところ。仕事以外に上司や先輩にも気を使わなければならない。会社にいる時はそれほど感じないが、家に帰ると、深い精神的疲労を覚える。就職してからまだ八年しか経っていないのに、私はもうオジンになったような気がする。体と精神の完全休養の必要性を痛感し、いやというほど養生の大切さを実感した。これ以上ストレスがたまると、いつかは胃ガンにかかりそう。
 定年まであと最低三十年もある、と思うと、気が滅入る。落ち込んでいる時に彼女からの誘いなら元気付けられるが、橋本からはいい話しがあるはずがない。
 「カズ、元気」橋本からの電話はいつもこのセリフから始まる。
 私の名前は四海一雄。名前はどこにもあるような名前だが、名字はちょっと変わっている。名字の由来は先祖の遠洋漁業に関係あると言う。
 「生きている」私はいつもと同じ返事をした。
 「生きていてよかったね。土曜に合コンをやるけど、来る」
 橋本は寂しがりや。賑やかなことが好き。いつも合コンや飲み会をやる。常にたくさんの人に囲まれていたい。
 「また合コン。もういいよ」私は気乗りのしない口調で言った。
 二週間前に橋本が主催した合コンは直前に女性軍のキャンセルが相次ぎ、ほとんど男だけの飲み会になってしまった。
 「今回は大丈夫。女性軍はかならず出席する。女性を多く誘った。名誉挽回のためにもやらないと」橋本が張り切っている。
 橋本が合コンや飲み会に注ぐエネルギーを半分でも仕事に注入すれば、偉くなる可能性が十二分にある。しかし、橋本にとって、会社の仕事はあくまでも生活をするための副業。合こんや飲み会が本業。
 「今回はいいよ」本当は行きたいが、土曜日の夜十一時ごろにウインブルドン・テニスの女子決勝戦生中継があり、大のスポーツ・ファンの私にとっては年に一回の楽しみ。家でリラックスしてテレビを見たい。合コンに行けば、早めに帰宅できる保障がない。私は試合を最初から最後まで見たい。私は毎年必ず女子と男子の決勝戦を見る。
 「来いよ。今回は可愛い子がたくさん来る」
 「そう。でも今度にするよ」可愛い女性には興味があるが、年に一回のウインブルドン決勝は捨てがたい。橋本は頻繁に合コンをやる。だから今回欠席しても、近いうちにまた行ける。ウインブルドンの決勝戦を見逃したら一年待たなければならない。
 「来いよ」橋本は簡単には諦めない。
 「いいよ。俺はウインブルドンを見たい」私は前から予定していた観戦を変えるつもりがない。
 「ウインブルドン!あんなの録画すればいいんじゃない」スポーツに興味がない橋本はウインブルドンの決勝戦を普通の映画のように捉えている。録画して好きな時に見れば、と単純に考えている。
 「リアルタイムで見たいんだ。結果が分かったら興味半減じゃないか」私は反論した。スポーツ観戦の醍醐味はリアルタイムで試合を見る。録画も一つの手。大きいスポーツ国際大会の決勝戦はやっぱりリアルタイムで見るのが一番。
 「スポーツ・ニュースを見なければ結果は分からないよ」橋本は合コンをなによりも重視する。
 「そうだろうけど」私は苦笑いをした。「やっぱり生の決勝を見たい」
 「カズのための合コンだぞ」橋本は出任せを言った。
 「俺のため!」私は失笑を禁じ得なかった。「本当は自分のためじゃないの」
 「頼むから来てくれ」橋本の声に焦りの響きがあった。
 「どうした」私が質問をした。
 「 。 。 。 実は今度は男性軍が足りないんだ」橋本が力なく言った。
 「本当!」彼を信じていいのかどうか分からない。橋本は信用できない男ではないが、こういう時の言うことはあまり当てにならない。
 「嘘をつくわけがないだろう。この前は女性が来なかったから、今回は男たちに敬遠されているんだ。皆のためにやっているのに。男があまり少ないだと、信用がなくなっちゃうよ。頼むから助けてくれよ」橋本が哀願するように言った。
 「そうか 。 。 。 」橋本が本当に窮地に落ちていれば、私は救いの手を差し伸ばさなければならない。私は思案を凝らしている。
 「カズチャンッ」
 「はっ」私は我に返った。
 「来年のウインブルドンの決勝戦の切符を買ってやるから来てくれ」
 「分かった。行くよ」土曜日に他の予定がない私はついに折れた。十時に帰宅すれば決勝戦に間に合う。最悪の場合は録画を見る。

 自慢ではないが、私は小学校からいままで彼女がいなかった。身長百八十センチ。顔は並以上。彼女歴があってもおかしくないけど、どういうわけか、女性とはまったく縁はない。私が興味を持つ女性はもう既に彼氏がいるか、私を友達としか見ない女性ばっかり。お互いの周波数が一致した試しがない。
 積極的にアタックしたこともあった。積極的になればなるほど、惨めな思いをしたことがある。私は自信喪失になってしまった。簡単に彼女を作る男性を見ると、羨ましくてしょうがない。
 三十近くなると、両親がうるさくなる。最近は独身男女が急速に増えて、社会問題になっている。両親にして見れば、自分の子供がこの年になっても彼女らしい人がいないのは、もう既に終身独身予備軍になってしまった、と危惧の念にかられる。
 私はいまの独身男女と同じように、本当に好きな人がいれば、結婚する。そうでなければ、無理しない、と思っている。焦らない私を見て、両親が焦る。石像のように動かない私を見て、両親が動く。
 最近、両親がお見合いをしつこく勧めるようになった。もうお見合いをする時代ではない。あまり行動しない私の代わりに両親が動いた。
 一人子である私は両親を安心させるために、お見合いをしたことがある。二、三回した後、私はお見合いを堅く断った。お見合いは終わった後が面倒。付き合う気がない場合、断るのが大変。私に断られて、ノイローゼ気味になった女性がいた。それ聞いた私は二度とお見合いをしなくなった。
 そこで両親は橋本に私に女性を紹介するように、とお願いをした。橋本はもう結婚して二人の子供がいる。結婚する前はよく家に遊びに来た。両親は橋本のことをよく知っている。橋本が用事で電話してきた時に両親が橋本に頼んだ。だから橋本がしょっちゅう私を誘うようになった。橋本は所帯を持っていても学生気分が抜け切れていない。いつまでも青春したい。合コンのような団体活動が大好き。いつまでも続けたい、と言う。
 橋本は合コンをやる。そういう意味では気が楽。気に入った子がいれば、アタックすればいいし、そうでなければ、その場で飲んで騒いで、一時の楽しみをする。お見合いのように、結婚を前提にしていないから、参加しやすい。しかし、何回か行っているうちに、私は興味を少しずつ失った。
 と言うのは、行くメンバーは大体同じ。橋本は顔が広いが、プロではない。毎回違うメンバーを集めることでいない。あくまでも友達同士の紹介でやっている。それなりに楽しいけど、比較的内向的な私は週一回から、月一回か二回しか顔を出さなくなった。橋本はいつもなんとか理由を付けて、私を引っぱり出そうとする。
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