シュガーレスガール
俺は厨房に戻り、手慣れた手つきで洗い物をする。
親父と彼女がいる奥の部屋を横目で気にしながら。
「 薫、わたしも手伝うわ 」
「 みすずさん、ホールは? 」
「 平気。いま暇なのよ 」
みすずさんは、俺の実の母親だ。
随分前からこう呼べって言われるから呼んでいるだけであって
複雑な家庭だとかいう理由はまったくもってない。
「 また、親父に怒られんじゃねえの 」
「 まあまあ 」
そう言って、いたずらにほほ笑む。
そんな彼女は誰もが認める正真正銘の不器用で、
親父からは厨房には絶対に入るな、と
耳にタコができるほど言い聞かされているはずなのに。
この自由主義者に敵う者はいない…、と思う。
「 あ、終わったみたいよ 」
みすずさんにつられて俺も部屋の方に目をやると
親父と彼女が親しげに話す光景が見えた。
どうやら親父はかなり上機嫌のようだ。
「 あの感じだと、きっと採用ね 」
「 あぁ。きっとな 」
その様子をしばらくぼーっと見ていると、
彼女が親父に頭を下げて帰ろうとするのが分かった。
そのとき、ばっちりと目が合ってしまった。
しかし俺がそらす前に彼女はにっこりとほほ笑んで、
感じの良い軽い会釈をしてみせた。
その笑顔と仕草にまた俺の鼓動が高鳴る。
するとすぐに彼女は店からひとり出て行ってしまった。