もう一度あの庭で~中学生によるソフトテニスコーチング物語~
一章
転校生
春の気候。
少しだけ肌寒い。
緑色のネット越しに見えたものは少年の心をゆさぶる。
白いボールが不器用に空に舞い上がり、ゆっくりと落ちていく。
それを待ち構えていた小柄な少年がラケットを振り上げ、そのボールを叩きつけ――
『スカッ』
ることは出来ずに空振りをした。
「……下手くそばっかり」
築50年を越える校舎、広い校庭にはサッカーグラウンドと野球のグラウンドが併設されている。
新谷二中は市内では有名な軟式テニス部だった。
とは言っても泣く子も黙る強豪校というわけではない。
名前が広がる理由はその反対、典型的な弱小校だ。
ドロー表(トーナメントの組み合わせが書かれた紙)で対戦相手が新谷二中だと分かったら、まず勝利は確実と安堵の声があるほど。
しかし二年後の夏、新谷二中は大躍進を果たしその名を馳せるかとになる。
そのきっかけとなる、出来事がすぐそこまでやってきているのをまだ誰も知るよしもない。
そんなダメダメな部活を少し冷めた目で見ている少年。
平日だと言うのに緑色の爽やかなチェックシャツに青いジーパン。
少なくとも新谷二中の生徒では無いことだけは見て取れた。
「オレもこいつらみたいだったら良かったのにな……」
寂しげな呟きを残して、少年は誰にも気付かれぬままにコートを後にする。
ただ1人空振りをしてボールを拾っていた少年だけがその姿をしっかりと記憶していたとも知らずに。