もう一度あの庭で~中学生によるソフトテニスコーチング物語~
「ただいま。」
少年は二日前に引っ越してきたマンションに帰宅する。
リビングに繋がる廊下にはまだ開封されていないダンボールの山があった。
少年はその内の一つを抱えてリビングに入っていく。
「おかえり翔太。夕飯もうすぐできるか。」
キッチンからカレーの匂いと共に、母親の優しい声がした。
翔太はダンボールを隅に置くとキッチンの水道で手を洗った。
母親は小さな声で鼻唄を歌いながら料理をしている。
「早かったのね。どうだった新しい学校は?」
小鉢にすくいとったカレーを一口味見をする。
満足のいく味だったのだろう「うん」と言いながらコンロの火を弱める。
翔太は母親の顔を見ずに答える。
「……別にどうともなかったよ」
そう言って先程のダンボールを運んで、ソファーに腰掛けた。
ダンボールを開けると勉強道具がみっちりと詰まっている。
それを整理しながらテーブルの上に並べていく。
「別にってことは無いんじゃない?テニス部はもあったのでしょう。どうだったの?」
「…………」
部屋のテレビの横にはガラス張りの棚が置かれている。
そこには何かのトロフィーがぎっしりと並べられていた。
「弱小校らしいし、ガッカリしちゃった?」
「……別に。」
翔太はゆっくりとテレビの横の棚を見る。
肩ほどまでありそうなトロフィーを筆頭に、メダル、賞状が並んでいた。
そのどれもに翔太ともう1人の名前が刻まれている。
「まぁ翔太から見たらどこもレベル低く感じちゃうか。でもだったら翔太が……」
「やらないよ」
「――え?」
誇らしげに棚の中を見つめる母親とは対照的に、それを見る翔太の目付きは鋭く、どこか悲しげでもあった。
「もうオレは、テニスはしない」
大きなトロフィーに書かれた「全国中学生総合体育大会 男子ソフトテニスの部 優勝」の文字。
翔太はその日大切なものを二つなくした。