もう一度あの庭で~中学生によるソフトテニスコーチング物語~
「2球目。本来なら安全な球威でセカンドサービスに臨むはずだが・・・
享の性格とこのゲームの展開からして享はもう一度渾身のサーブを打ってくる。もしかしたら球威だけ取ればさっきよりも強くなるかもしれない。当てられるかい?」
翔太は僅かに挑発するような含みも込めて快太にそう言った。
快太は満面の笑みで答える。
「わかんない。でも、見えてた!当ててみせる」
「よし」
快太が構えるのを確認して享がトスを上げる。
ゆっくりと高く上がって落ちてくる。
それが享のラケットに弾かれた瞬間に加速してサービスエリアの奥深くに突き刺さる。
サービスエンドライン上とも言える完璧なサーブは自ずと前進していた快太の足元に突き刺さった。
快太の身体はテイクバックに至っていなかったがたまたま構えていた右手を少し伸ばせば届く位置に打球が跳ねている。
「また見えた。届け!!!」
伸ばしたラケットの先が享のサーブを捕まえる。
「重っ!!!」
快太はこれまでに感じたことのない重みを覚えた。
我武者羅に振り抜くと弱々しい球が小さく上に上がりネットを超えた。
「快太バック!!」
翔太が叫んだ時、快太はようやく享がネットギリギリにまで迫っていたことに気がついた。
「こっち側に返ってくるとはね、まぐれにしちゃ上出来だぜ?おチビちゃん」
容赦のないドライブボレーが快太達のコートに突き刺さって、後方の緑のネットを揺らした。
「これで1-0(ワン、ゼロ)だな」
享はそう言い放ってまたサービスの位置に戻る。
「ご、ごめん佐野君」
快太が申し訳なさそうにそう言うと翔太は笑った。
「享のサーブを返したんだもっと胸を張って。
それに勝負はまだこれからさ」
翔太はネットを揺らしたボールを拾い、享に返球した。
そしてゆっくりと構える。
「・・・・・・!?」
翔太が構えた瞬間にコートの空気が変わった。
素人にも分かるその研ぎ澄まされた集中力に誰もが目を奪われていたのだ。
享は左手でボールを何度も地面に突く。
その動作は集中したり、気分を落ち着けたりすることに効果がある。
今の享は前者の為に幾度もボールを付いては最高のサーブをイメージしていた。
「やけにかまえるまでが長いな」
「あの化物にとってもそれだけ集中しなきゃいけないってことだろ、あの転校生くんのレシーブはさ」
ようやく手にした享は最後に深い息を吐いた。
そしてまた伸びやかにトスが上げられる。
享のラケットがボールに当たる瞬間に翔太はその場で小さく飛んだ。
そのたった一つの動作は動き始めを半歩早くし、享渾身のサーブが綺麗にサービスエリアのサイドランに沈んだが追いつく。
無駄のないステップでボールを自らの懐におさめ、幾度となく反復を繰り返して手にしたのであろう流れる様なフォームで完璧に享のサーブを捕まえる。
翔太の返球はストレートに早く深く、享から一番遠いサイドラインギリギリに進んでいく。
「へっ流石だな。でも追いつけなくはないぜ」
翔太にも劣らないみごとな動きで享がボールに追いつく。
そして翔太と快太の調度真ん中を割るように目掛けて返球する。
「残念。守備範囲だ」
読んでいたのか、それとも凄まじい反応なのか翔太は先程の享のようにノーバウンドでボールを捕らえて打ち返す。
強烈なドライブボレーは享の動き出した方向とは反対の隅に突き刺さった。
翔太は落ち着いた声で言う。
「これで1-1(ワンオール)だ」
誰もが言葉を失う。
さすがのプレーに快太ですら言葉を発しなかったが、翔太は快太に近寄り手を上げた。
快太は笑顔でその手に勢いよく自分の手を重ねる。
「ナイスプレー!!」