もう一度あの庭で~中学生によるソフトテニスコーチング物語~

本来ならばサーブ権はゲーム内で相手に動くことはない(タイブレイクを除く)のだが今回は変則マッチなので享から翔太へとサーブ権が移る。

「いったいあの転校生くんはどんなサーブを打つんだ?」

「あれだけ凄いレシーブであいつを圧倒したからな、もしかしたらサーブもあいつより早いんじゃないか?」

期待と予想が入り混じる中で翔太が構える。

「あれってもしかして・・・」

享は快太ほどではないが通常よりも前進して構えている。

翔太は享とは違い、コートにほぼ平行に身体を向けて、ボールを持つ手もラケットも下げて構えている。

ボールは空に投げあげられることなく手放され地面に向かって落ちていく。

「へえ・・・翔太はアンダーカットサーブ使いか」

ゆっくりとボールのヘリを沿う様にラケットが撫でると、強烈な横回転のかかたボールは円盤のように歪みながら、少し歪な放物線を描いてサービスエリアに侵入した。

享はラケットを下から出す。

地面に着いたサーブは強烈な横回転で地面を滑り、ほぼ真横に跳ねる。

ボールは地面から20センチと弾むことはなく享はラケットの先でようやくボールに触れた。

「あのレベルのアンダーカットサーブは見たことないな。

打つ方も打つ方だが・・・あれに難なく触れて返球する方もする方だ」

享の返球は威力こそないが、ネットの上をかすめて飛んでいく。

前衛で前に出ていた快太にも触れられず、サーバーである翔太を動かす好位置にボールを運んだ。

佐野翔太バックハンドで返球し、享が強烈なストロークをお見舞いする。

息もつかせぬ乱打に快太は動くことができない。

打球音がテンポ良く響き渡る中。

「しまった」

翔太の小さな声が漏れた。

コートの外では分からなかったし恐らくは享と翔太ほどのレベルでなければ、この翔太の返球が失点に繋がることはなかったであろう。

翔太の返球はイメージよりも50センチ程内側に入った。

早さも深さも申し分無かったが、そのミスは享が半歩分早くボールに追いつくことができることを指していた。

余裕をもって追いついた享は大きくテイクバックし溜めた力を一気に開放するような鋭いスイングで打ち込んだ。

強烈なショットは翔太といえど押されてしまいボールは高く舞い上がる。

享は一瞬にして落下地点を予測し移動すると、左手を高く伸ばした。

「スマッシュ、決まる」

誰もがそう思った。
それは全国を制覇し数えきれぬラリーを勝ち抜いた享も翔太も含めた誰もであった。

享は容赦ないスイングでボールを叩き落とす。

大きな打球音と共に打ち出されたボール。

そのすぐ後に聞こえたボールの音。

享は快太が守っていた反対にスマッシュを叩き込んだ。

そこに快太がいるはずもなかった。

しかし享の目に映ったのはいるはずのない快太の姿と。

相手コートに鋭く刺さるはずだった自らの返球が阻害され、自らのコートにゆっくりと落ちていく様だった。



「良いかい快太くん。これは軟式テニス独特のものだ。

軟式テニスのボレーは硬式テニスとは異なりネットのすぐ近くで行う。ネット近くで構えた場所から更に踏み込みながらラケットを出し、ネットの延長線上でボールを捕らえる」

享は必死にそのボールを追った。

「つまり軟式のボレーとは理論上ネットにかかることがない。君の素晴らしい動体視力で捉えさえすればただ触るだけで、君は最強のネットプレーヤーになる!」

享はラケットを伸ばす。

コートの端に落ちたボールは力なくわずかに跳ね上がるが、すぐに地面に落ちていく。

享の必死の抵抗もむなしくボールが2度目の地面に着いた。






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