もう一度あの庭で~中学生によるソフトテニスコーチング物語~
「常に考えてプレーができるようにしよう。
軟式テニスはダブルスが一般的で、コートの中には自分を含めてプレイヤーが四人、そしてボール、位置、様々なものに意識を向けなければならない」
翔太は部員を集めて言う。
その中でたった1人そわそわとコートを見つめる者がいた。
翔太はその部員に向けて冷静に言う。
「感覚派であっても考えるクセは必要だよ快太」
快太はギクリと肩を動かして苦笑いをした。
「僕たちはコートの中で常に選択をする。その選択肢を増やすのが日頃の練習であって、感覚とは選択肢の中から最善のカードを瞬時に出す力に過ぎない。
やみくもに打つのと、感覚で選択したプレーをすることは似ているようで正反対のものなんだよ」
「うへー、佐野くん監督みたいだなぁ」
説教がとにかく嫌いな快太は目上の言葉も友達の言葉も素直には入らないようだ。
げんなりとそう言うと翔太が笑顔で答える。
「まぁね、これでも君たちのコーチだからね。
さて、顧問からいい知らせを持ってきたよ」
「えっ、なになに!?」
良い知らせと聞いて素直に喜ぶ快太。
翔太は意地悪く笑う。
「幸陽大付属中学、知ってるよね?」
ふいに現れた学名ではあったが、快太達新谷二中の部員ならば知らないはずがなかった。
「幸陽大付属って幸大附のことだよね?知ってるも何もうちの地区で最強の県大会常連校じゃないか」
マッキーの言葉に翔太が頷く。
「そう、その幸大附との練習試合が決まったよ」
「……は?」
あっけらかんと言い放つ翔太と相反し部員達の顔色は優れない。
唯一違う表情を見せているのは快太だけだ。
「練習試合って、まさか俺らが試合するわけじゃないよな?」
2年生で部に残ったのは三人。
その中の1人である東野真平が反発心を露にしながらそう言った。
「質問の意味が分からないですが、この部の練習試合なのですから試合をするのは部員であるあなたたち以外にあり得ないですよね?」
翔太の物言いにも非難されるべき部分はあったかもしれない。
真平は怒鳴るように言う。
「前の大会で先輩達レギュラー陣が団体戦で誰も1ゲームすら取れなかった相手だぞ!
そんな学校と俺らが練習試合してなんになるんだよ!試合にすらならねぇよ!!」
コートに響き渡った怒鳴り声。
他の部員ははらはらと見守っている。
それでも翔太は冷静に淡々と言うのだった。
「先輩の言いたいことは分かります、でも言い分には賛成できません。
前のレギュラーがどうだったかは知りません、でも今は残ったあなたたちがレギュラーだし練習試合までの間練習できるじゃないですか」
翔太は部員達に向けて二本指をたてる。
「練習試合は二週間後の土曜。
それまでに僕が君たちを強くする、前のレギュラーが勝てなかった相手にも勝てるようにね」
「か、勝つって……」
真平はあまりにも破天荒なことをいう翔太に呆れてしまっていた。
「馬鹿馬鹿し過ぎるぜ。
二週間で俺達なんかが幸大附に勝てるわけがない」
「東野先輩」
翔太はじっと見つめる。
真平はしり込みしているようだ。
「さっきから先輩は俺達になんかがって言ってますけど、新谷二中はそこまで下手じゃありませんよ」
地区最弱。
その学校を全国制覇した選手が下手じゃないと言っても慰めにすら聞こえず、ばかにされているような気分になってもしかたがなかった。
しかし、そこにいた部員がそう思わなかったのは、ひとえに翔太の瞳が真っ直ぐであったからだった。