もう一度あの庭で~中学生によるソフトテニスコーチング物語~

一週間が経過し県大会常連校である幸陽大附属中学との練習試合の日まであと4日。

翔太が課した考えるプレーへの意識は少しずつ定着しつつあるようであった。

「この一週間で一番伸びたのはマッキーくんだな」

まだまだ技術も体力も、比較してしまうと地区レベルでも低い。

しかし相手を落ち着いて観察し、戦略を練りながら戦うプレースタイルが型にはまっているようであった。

「ぬおおおおおお!!また負けたぁ!!」

つんざくような叫び声。

マッキーと正反対に恐ろしいほどに考えるプレーが型にはまらなかった快太。

ある程度苦戦するであろうと予測は立てていたが、さすがの翔太ですら呆れて言葉もでないほどに混乱しているのが丸わかりであった。

一連の練習が終わり陽が傾きだした頃に翔太は部員を集めた。

これまで集合の時にはキャプテンが前に立ち、部員は横に5人ずつの列になって整列していたが、翔太の提案で円陣を組むことにした。

翔太は「全国大会優勝」、「新谷二中のコーチ」という肩書を持っているからといって自分が偉いだなんて思っていないし、部員たちにもそうは思って欲しくなかった。

部員全員が対等であり、部員全員が新谷二中ソフトテニスブというチームを形作っているのだということを意識して欲しかったのだ。

「さて僕の練習メニューにみんなが付き合ってくれて丁度1週間がたった。お世辞でもなんでもなく断言するよ。

もし君たちが1週間前の自分と試合をしたら、今の君たちは万に一つも負けることはないだろう。それを実感できているかな?」

返事はせずとも部員の気持ちは皆同じであった。

「慢心でもなんでもなく、自分たちは上達した」と。

「今は練習試合に向けての練習をしているが、これはあくまで通過点に過ぎない。目指すのはあくまでも公式な大会での勝利、そうだろ?」

「公式大会での勝利・・・」

未だ味わったことのないその味に、快太は思わず声を漏らした。

その瞳は獲物を狙う猛禽類のように鋭かった。

「さて、明日からはいよいよこの前伝えたペアで試合をどんどんこなしていこうと思う。その中でコンビネーションを少しずつ確立していけたらと思っている。なので明日からは僕の頼んだ助っ人も練習に参加することになるから宜しく」

翔太はダブルスのペアを吟味し、しかしすばやく決定した。

それは2日目の練習の時に発表されたが、まだペアとしてその2人が試合をすることはなかった。

それは本来ならまだまだ試合の前に身につけなければならない基礎技術が山ほどあることと、いろいろなタイプのプレーヤーと組むことで自分に合うパートナーを後々に自分たちで選定するためにプレイスタイルの違いを知っていて欲しかったからであった。

「では今日の練習はこれで終わりにするので、しっかりク-ルダウンしてから帰るように」

「「「あっしたー!!」」」


7人しかいないテニスコートから威勢の良い挨拶が響きわたった。

部員たちはぞろぞろとコートを後にして部室で着替えをすると帰宅していった。

翔太が入念なストレッチをしているとコートに珍しい人物が現れた。

そのことに気付いた翔太が少しだけ意地悪そうに言った。

「幸助のジャージ姿って似合わないね。学ランのイメージしかないや」

「うっせ、そんなん翔太も同じだろクラス違うんだし」

「確かにそうだね」

幸助の手にはドラムスティックではなくテニスラケットが握られている。

普段は目にしない姿なのにそれが馴染んで見えた。

「さっそくやろうぜ」

ぎらぎらした目で翔太を見つめる幸助。

翔太は勿体ぶるように制止した。

「そんなに焦らないでよ、まだそろってもいないのに」




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