もう一度あの庭で~中学生によるソフトテニスコーチング物語~
幸助のサービスはある選手のサービスを模倣したものであった。
それはあの時に見せた翔太のサービス。
放りあげられることなく柔らかく手から離されたボールはゆっくりと自重で地面に引き寄せられていく。
ボールの横を滑らせたラケットは強烈な横回転を生み出し、歪な放物線を描いてサービスエリアのぎりぎりに飛んでいった。
「・・・このアンダーカットは未完成だ」
素早く落下地点に移動した斎藤は回転不足で浮き上がったボールを、深く沈めた下半身を軸にして打ちこむ。
強烈なショットがサーブ直後で体勢の崩れた幸助の足もとに潜り込み、無理やりに打球したボールがネットを越えることはなかった。
「くそ、すいません」
「ドンマイ、気にするな」
斎藤と中原がベンチを見た。
八尾は一言も発しなかったが、大きく頷いた。
「0-1」
審判のコール。
幸助は構えている手に汗をかいていることに気付いた。
「くそっ・・・なまりやがって」
音楽の道に進むと決めてからラケットは握っていなかった。
この4日間も密度の濃い試合形式の練習であったとはいえ、吹奏楽部の練習の後に1時間もやってはいない。
ブランク。
それが実力ではこの場でもトップクラスの幸助を苦しめていた。
幸助のサービスは今度は回転量は申し分ないが、サービスコートの中央に落下してしまう。
右利き選手のアンダーカットサービスは相手選手にとってはむかって右側から自分に向ってくるボールになってしまう。
いくら変化に富むサービスでも自動で自らの懐まで移動してくれるサービスが通用するはずもなかった。
「ここにきて精度が一気に落ちたね」
中原は堅実に幸助と匠の真ん中にボールを運ぶ。
セオリーでいけばそこはフォアで打球できる側の幸助が処理すべき位置であったが、匠は幸助の異変に気づいていた。
「・・・やっぱり」
幸助の反応が鈍い。
それを瞬時に見てとった匠がすぐにバックで構える。
中原はしっかりとネット前に陣取りこちらのミスを誘っている。
匠は中原の左側を抜くために思い切り振りぬいた。
「へへ、甘いボールだね」
打球をはたき落とすように、目の前に現れた中原のポーチボレー(移動しながらネット付近でノーバウンドで返球する超攻撃型ボレー)が決まった。
「0-2」
中原と斎藤がハイタッチをした音が響く。
「なんか雲行き怪しくなってきたぞ・・・」