たったひとりの君にだけ
「……別に私、エッフェル塔を一日中眺めたいなんて思ったことない」
「一日中眺めろなんて言ってねえから。完全に暇人だろそれは。でも、フランスは好きだって言ってただろ。いいだろ、フランス。フランスが待ってるぞ」
そんなにフランス、フランスと連呼する必要がどこにある。
話にならない、そう思った私は、テーブルに置かれていた伝票を手に取ろうと左手を伸ばした。
けれど、次の瞬間。
手首を強引に掴まれた。
今度は触れるなんて軽いものではなく、しっかりと力を込められる。
そして、勢いで顔を上げてしまった私を、今日一番の真剣な瞳が襲った。
「要は、なんだかんだで1年間、お前のことが忘れられなかったんだよ、芽久美」
更に力を込める。
手にも、その苦手な瞳にも。
「わかれよ」
痛い。
「クリスマスってやつがなかったら、あのまま俺と付き合ってただろ?好きだっただろ、俺のこと」
痛いけれど、その質問には答えない。
無言は肯定と取られても、素直に答える義務なんてない。