たったひとりの君にだけ
使い古したニナリッチの財布から野口英世を一枚抜き、ゆっくりと立ち上がる。
「遊んで暮らせるっていっても?」
「ええ」
「変わった女だな」
「光栄だわ。……それに」
トレーを手に何か飲食物を運んで来た店員と視線がぶつかる。
僅かに口角を上げてくれたような気もしたけれど、悠長に微笑み返している場合じゃない。
その優しさに応えられないことを申し訳ないと思いつつも。
それでも、もうどうだってよかった。
「……私ね、すぐ傍にラーメンのない生活なんて嫌なのよ。じゃあね!」
無礼を承知でお札をテーブルに叩き付けて、数少ない周囲の奇怪な視線を一切無視した私は大股で店を去った。
白い息が宙を舞う。
背後から聞こえるベルの音が酷く耳障りだった。