たったひとりの君にだけ
思い返せば、樹が連れて行ってくれた店はいつだって高級店。
ナイフとフォークがお約束だった。
奢ってもらっている以上、文句なんて言えなかった。
第一、奢ってもらってケチをつけるような非常識な人間ではない。
だけど私は、自分の中の譲れないものを押し殺してまで、贅沢な暮らしがしたいとは思わない。
そもそも、それは贅沢ではない。
私は自分らしくいたいだけだ。
それにしても。
「……あの店員の眼鏡、なしでしょ」
店の雰囲気にそぐわない。
一人だけ異常にポップ。
宴会の一発芸にでも使われそうなデザインに絶句だ。
今後のために誰か教えてあげてほしい。
それに、あのコーヒーは二度と飲むことが出来ないんだと思うと、もっと別の形で出会いたかった。
それだけが唯一の心残りだった。