たったひとりの君にだけ
「なぁ」
「なによ、バカ」
「俺もさ、今日は待ち伏せ出来たけど、そこそこ忙しいんだよ。だから早く白旗揚げて」
だったら、忙しさに紛れて、そのままフランスに行っちゃえばいい。
そして。
二度と、私に関わらないでくれたらいい。
「芽久美」
「うるさい」
「お前には俺がいい」
「ありえない」
「ありえなくない」
「意味わかんない」
「俺がいいんだよ。高階なんかじゃなく」
私の意思を無視された先の、無関係なワードに苛立ちを隠せなくなりそうだった。
樹はお得意の笑みを浮かべたまま、一向にその口を閉じる気配がない。
「アイツ、好青年に見えるよな」
それ以上、語らないで。
殴るよ。
「部下にいたら使いやすそうなタイプ」
だけど、当然の如くその願いは虚しく散る。
「で、後輩からも慕われて、誰からも可愛がられるような、そんな感じの奴」
ハッキリと言葉に出さなきゃ伝わらないって。
「……だから、なによ?」
「お前には似合わないよ」
そこには不躾な嘲笑はなく。
ただ、人工的な明かりの下で、真剣な眼差しが襲うだけだった。