たったひとりの君にだけ

すると、彼は手を止めて、しっかりと私の顔を見つめて来た。

思わず眉をひそめて『なによ?』と尋ねると、望んでもいない、十八番の台詞を口にした。



「芽久美さんは、やっぱり優しいな」



私もいつものように瞬時に否定する。


「優しくないって」

「どっからどう見ても優しいですよ。お土産までくれるんですから」

「別にわざわざ作ったわけじゃないし。余分にあるからどうですかって言ってるだけ。そもそも、おすそ分けのお礼でしょ。イーブンでしょ」


完全なる正論。
世の中ギブアンドテイク。

けれど、彼はあの日のように譲ってくれない。



「いいえ!優しいんです、芽久美さんは優しいんです」



目尻を柔らかくする彼は学習能力がないのか。
それとも思考回路が捻じ曲がっているだけなのか。




「優しいんです」




けれど、それは私にも言えることなのか。

念を押すと、彼は手元に視線を戻して洗い物を再開させる。

こっちだって念を押し返したい。
ダメ押ししてやりたい。

だけどきっと、押し問答が始まる。


どうして私の周囲の男共はこうも頑固で譲歩というものを知らないのだろう。
< 273 / 400 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop