たったひとりの君にだけ
そして、実加ちゃんは語り出す。
「私、高校の頃、好きだった同級生がいたんです。所謂、淡い初恋ってやつなんですけど。でも、彼、野球部のエースで、男子からも女子からも凄い人気だったから、私なんか相手にされるわけないって思って、見てるだけで何もしなかったんです」
見るからに暗い表情を浮かべる彼女は。
仕事が上手くいかなくて悩んでいた頃に酷似している。
けれど、それでも言葉を止める気配はない。
「で、2年前に同窓会があったんです。そのとき、久し振りに会って、本当は両思いだったってわかったんです。自慢じゃないけど、私成績がかなり良くて勉強ばっかりしてて、だから恋愛なんか興味ないだろうなって思われてたみたいで。だから、その事実を知ったとき、……ちゃんと言いたいこと、言ってればよかったなって」
彼女の顔は下降の一途を辿る。
「だけど、今はもう、後悔したってしょうがなくて。彼、結婚して子供もいるから。でも、あのときちゃんと気持ち伝えてたらどうなってたのかなって、それは今でも思ったりして。……手が届かないなんて決め付けないで、自分で線なんか引かなきゃよかったなって」
給湯室の外。
通り過ぎる人影なんて気にも留めず。
彼女はただ、振り返る。
口を噤み続ける私は、過去を悔いたってどうにもならないと、綺麗事を述べるつもりもなければ仕方ないよと気休めを言うのも違う気がしていた。
けれど、重みある一言に、無性にうるさく動いた中枢に気付きながら、私は首を僅かに右に曲げて耳を傾け続ける。
「きっと、こういう後悔って誰にでもあって、後悔のない人生なんてありえなくて。でも、ほんの少しの勇気でよかったんです。ホントに、ほんの少しでよかったのに」
だけど、そのほんの少しを。
持つことが出来ない人間もいるよと反論したくなるのは。
私が真逆の道を行く人間だからか。
それとも、ただただ単純に、年を重ねた所為なのか。
また、耳が痛い。
簡単に出来たら苦労しないよと、喉元まで出かけた言葉をゴクリと飲み込んだ。