たったひとりの君にだけ
「……それに」
「ん?」
「メグ先輩、覚えてませんか?」
何を、と聞く前に彼女は語り出す。
「私が入社したばっかり頃、同期の女子社員とこの給湯室で些細なことで言い合いになっちゃって。研修のときから気に食わなくて、水と油みたいな感じで。で、たまたま通り掛かったメグ先輩が仲裁に入ってくれて。そのとき、なんて言ったか覚えてますか?」
そういえば、そんなこともあったかなと。
しっかりとした記憶を手繰り寄せようとする前に、実加ちゃんが手っ取り早く教えてくれる。
「『これから一緒に仕事してく上でわだかまりがあったらいい仕事なんて出来ない。今のうちに言いたいこと言ってスッキリしちゃいなさい。それでもダメならそれはそれで仕方ない。とりあえず、今のままじゃどっちみち先に進めないからやりあっちゃいなさいよ』」
最低限の息継ぎだけで、彼女は言い切った。
「……そんなこと言ったかな」
「言いました!私、一字一句覚えてるんですよ、手帳に書いてるんです」
自信満々な彼女の真横で、私は呆れた溜息をついた。
だけど、そこまでするかと思いつつ、ケンカ腰な自分なら言うだろうなと思った。
「その言葉通り、その場で言い合って、人目も憚らずやり合って、でもその後スッキリして、二人で『社会人にもなって何やってんだろ』って笑い合って」
そして、思い出したようにまた笑う。
「その相手と、今は一番仲がいいんですから。真智子は、私がその後なかなか上手く結果が出せなかったときも、メグ先輩みたいにずっと励ましてくれたし」
「……うん、仲いいよね」
「はい。今となっては親友です!」
心底嬉しそうに、今度は可愛らしく笑うから。
鮮明には覚えていないけれど、過去の自分のしたことが少しは正しかったのかなと思えた。