たったひとりの君にだけ
そして、私はボソッと呟く。
「……ま、ひとつのたとえ話として受け止めておくね」
「ええ~!?せっかく私が身の上話を曝け出したのに、結局それですか!頷いてくれてもいいじゃないですかあ~!」
そんなに予想外だったのか、実加ちゃんはぱっと両手を解放して鼓膜が破れるレベルで大声を出す。
目の前なんだから少しは加減してほしい。(とは、今は言えないけれど)
「まあまあ、落ち着いて」
「も~!」
牛じゃないんだからと思いながら、大袈裟過ぎるくらいに頬を膨らませる彼女に笑いかける。
そして、思う。
耳が痛い、というよりは。
胸が痛い、と言った方が正しい。
つかえは取れたはずなのに、別の部分が訴えかける。
どうしてそんなことに気付けなかったのだろうと、思わずにはいられないほどに。
「ねえ、実加ちゃん」
「なんですか~?」
そして、未だ微妙に不機嫌な彼女に問い掛ける。
「……本当に、トレーナーでいいの?」
本来の目的に戻して、再度確認する。
人生の岐路。
勢い任せで決めてはいけない。
けれど、私の危惧を一蹴するように、彼女は迷うことなく笑みを浮かべた。
「はい!変わりません、この気持ちは」
清々しいほどの堂々宣言。
そして、彼女は一際優しい笑顔を向けた。
「メグ先輩のようになりたいって、思ったから」
なんだかんだ言ってやっぱり、その瞳には迷いはないように見えた。
「じゃあ、本当に今日の面談終わるよ?」
「はい!」
「じゃあ、何か、美味しいものでも食べに行く?」
「えっ、いいんですか!?」
「うん、久々に行こう」
瞬時に輝き始める瞳。
そして、実加ちゃんは『じゃあ、会議室の鍵閉めて来ます!』と言って、駆け足で給湯室を出て行った。