たったひとりの君にだけ
彼女が消えた先を眺めながら、溜息をつく。
わかってはいた。
言い訳にしか聞こえないかもしれないけれど、最初から、頭の中ではそうすべきだと。
けれど、脳内で彼の笑顔がちらつくたびに振り払っていた。
こんな私でさえ、過去の私は嘲笑うかもしれない。
そもそもは単純な話。
自覚した時点で。
向けられる彼の好意を。
素直になって受け入れればいいだけの話だった。
それが出来なかったのは、きっと。
傷付くのが怖かっただけだ。
何もかも遠い君に。
何もかも真逆な私は肩を並べることは出来ないと。
けれど。
逃げるなと。
簡単に諦めるなと。
背中を押されて気付くのは本当に遅いのかもしれないけれど。
あの日。
707号室のキッチンで。
隣に並んだあの瞬間から。
私がすべきことはたったひとつだけだった。
遠くても、かけ離れていても。
眩し過ぎる君に、だからこそ惹かれたと。
そう、自分に言い聞かせてみよう。
私は大きく息を吐いた。