たったひとりの君にだけ

適度に人が乗り込んだエレベーターを降りて、エントランスへと向かう。

すると、受付に二人の女性の姿が見えて、そのうちの一人と視線がぶつかると軽くこちらに手を振った。

セミロングのストレートな黒髪が揺れている。
私も同じ動作で応えた後、ゆっくりとそこへと近寄った。


「久し振りだな、芽久美」

「元気でした?湯川さん」


きっと、来訪者は皆、この笑顔に癒されるのだろう。
かくいう私も、初めて見たときはなんて綺麗な顔をするんだろうと感動したほどだ。


「元気だよ、相変わらず」

「暫く見なかったから、もしかして体調でも崩してたのかなって思ってたんですけど」

「まさか。タイミングが悪かっただけだろ。こっちはちゃんと働いてたよ、愛想振り撒いて頑張ってたっつうの」


口を尖らせる、湯川さんこと湯川藍さん(30歳)は、近年稀に見るほどの整った外見とは裏腹に、口調が非常に勇ましい。

この笑顔に胸をときめかせた男達に聞かせたいくらいだ。
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