たったひとりの君にだけ

「それよりさ、芽久美」


ん、と声に出さずに視線で頷くと、湯川さんはニヤリと口角を上げていた。
そして、嫌な予感しかしない私がこっそり身構えていると、湯川さんは興味本位の視線を向けた。


「あんた、うちの若いのに説教喰らわせたんだって?」


反応を示す前に、湯川さんは隣の席に座る張本人を肘で突っついた。

当の本人は先程から私を完全に視界から消している。
(というより、自分の存在を必死で消そうとしているように見える)


「……別に説教ってわけじゃ、」

「説教だろ~?江口、ベソかいてたぞ。面白いくらいにな」


2週間程前に、湯川さん曰く私に説教を喰らった彼女は、うっ、とわかりやすく怯んだ。
脅えているようにさえ見えるから、掛けるべき言葉に迷ってしまう。

すると、湯川さんは一転、芯の通った声でこう言った。


「でも、お前の言ったことは正しい」

「え?」


視線を戻した先、湯川さんは珍しく嫌味ゼロの笑顔を向けていた。


「いつだって冷静に私情を挟まずに任務を遂行しなくちゃな。私からもキツく言っといたから、もう大丈夫だろ。な、江口?」


肩を軽く叩かれた江口さんは、ビクビクしながら頭を小刻みに縦に動かしていた。

さすが湯川さん、と言わんばかりの威厳だ。
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