たったひとりの君にだけ
先手を打たれた気がする。
だけど、これで最後だと自分に強く言い聞かせた。
「コートの方、お預かり致します」
私が冷静に分析しているあいだに、樹とのやり取りを終えたらしい店員が声を掛けて来る。
ベージュのコートを手渡して、奥から登場した店員の後ろに続いた。
有無を言わさずこれまたイケメンだ。
案内された席は窓際で、テーブルではキャンドルが揺れていた。
同じ空間には他にもお客さんは大勢いるものの、絶妙のテーブル間隔で間違いなく各自の空間を大切に出来る配慮が感じられた。
椅子に腰掛け、店員が姿を消すなり、樹は口を開く。
「ダメ元で電話してみたらちょうどキャンセルが出たところでさ。ここのフレンチ、人気あるんだぜ。ってか、この時期にキャンセルなんて、別れたんだろうな。縁起悪い」
こんな素敵な店で人の不幸を喜ぶ神経に脱帽しながら。
どの口がそんなことを言うのだろうと、相変わらずの図太さに人目も憚らず大きく拍手してしまいそうになる。
「……日頃の行いがいいからじゃないの」
「ああ、そうだよな。さすが、芽久美はよくわかってる」
いくら嫌味を言ったところで、この男にはなにひとつ通用しないのに。
近頃の私は学習能力が欠如気味だ。