たったひとりの君にだけ
それに気付いた私は、ここぞとばかりに続ける。
「絶対に行かない。行かないから」
グラスの持ち手に触れたまま、私は再度、力強く告げる。
すると、ゆっくりと樹が顔を上げた。
そして、乾いた笑いを漏らした。
「……お前さ」
「なに」
「まだいいだろ。料理来たばっかなんだから」
そう言うと、樹はまた、オードブルに手を付け始める。
慣れた手付きでナイフとフォークを操り、スマートに口元に運ぶ。
その様子を見つつ、私は静かに言葉を返す。
「……樹との、」
「あ?」
「樹との、最後の食事を、少しでも美味しく頂こうと思って」
今度はたった一文字でさえ聞き返されることはなく。
そのかわり、カチャリと食器同士が触れる音がした。
「ワガママは承知してる。だけど、スッキリして、清々しい気持ちで食べたいの。こんなに美味しそうなんだから」
早く食してよと目の前のオードブルに訴えかけられても。
私はまだ、それらを喉に通そうという気にはなれない。
いい思い出を最後に、ちゃんとした別れを告げたい。
「でも、次々に片付けねえと店の人が困るぞ」
「わかってる。だから早く降参してよ」
グラスから手を離して、お願いだからと心の中で訴える。
身勝手は承知だ。
承知の上だ。
最初から自覚していたなんて、きっと誰も信じてくれないだろうけど。
それでも私は、出来る限りの誠意をもって向き合いたい。
その為に、自分から連絡を取ったのだから。