たったひとりの君にだけ

そこまで言う必要がどこにある。

というのが本音だけれど。
ケンカ腰は控えたい。
今は悪影響しか及ぼさないとわかっているゆえ。
冷静なやり取りを心掛けるに留まる。


「……あれは津軽弁だから」

「は?」

「津軽弁。青森の方言」

「へえ」

「方言は変な言葉なんかじゃない。そこで育ったという確固たる証拠。訛りは言葉のアクセサリーなんだから」


ないよりはずっといい。


すると、淀んだ瞳を真っ直ぐに見つめて、力を込めて否定した私に、彼はふっと吐息に笑みを混じえてこう言った。



「わかってるよ、俺だって地元帰れば土佐弁出るし」



けれど、その発言に、私が何も言わずに瞬きも忘れていると、樹の表情がみるみるうちに驚きに変わっていく。

そして、恐る恐るという表現がピッタリのように、樹は若干の前のめりと共に軽く私を指差した。


「……お前、もしかして、俺が高知出身だって覚えてないのか?」


正直に答えていいものか。
それとも『わかってるよ、坂本竜馬好きだもんね』と冗談のひとつでも言えばいいのか。

無表情で悩んでいると、樹は諦めたように右手を下ろした。


「あははっ、……笑える」


そして、その手を額に当てて、言葉どおり笑った。
< 331 / 400 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop