たったひとりの君にだけ
そこまで言う必要がどこにある。
というのが本音だけれど。
ケンカ腰は控えたい。
今は悪影響しか及ぼさないとわかっているゆえ。
冷静なやり取りを心掛けるに留まる。
「……あれは津軽弁だから」
「は?」
「津軽弁。青森の方言」
「へえ」
「方言は変な言葉なんかじゃない。そこで育ったという確固たる証拠。訛りは言葉のアクセサリーなんだから」
ないよりはずっといい。
すると、淀んだ瞳を真っ直ぐに見つめて、力を込めて否定した私に、彼はふっと吐息に笑みを混じえてこう言った。
「わかってるよ、俺だって地元帰れば土佐弁出るし」
けれど、その発言に、私が何も言わずに瞬きも忘れていると、樹の表情がみるみるうちに驚きに変わっていく。
そして、恐る恐るという表現がピッタリのように、樹は若干の前のめりと共に軽く私を指差した。
「……お前、もしかして、俺が高知出身だって覚えてないのか?」
正直に答えていいものか。
それとも『わかってるよ、坂本竜馬好きだもんね』と冗談のひとつでも言えばいいのか。
無表情で悩んでいると、樹は諦めたように右手を下ろした。
「あははっ、……笑える」
そして、その手を額に当てて、言葉どおり笑った。