たったひとりの君にだけ

「アイツのこと、そんなに好きなのか」

「……知らない」


くだらない質問に、料理を口にするスピードが速まる。


「知らなくはないだろ」

「知らない」

「俺のおかげで自分の気持ちに気付いたんじゃないのか?」

「それはない」

「そこは答えるのかよ」


ここは上手く乗せられた気がする。


「俺は引き立て役かよ」

「違うってば。ただ、……きっと、もっと前からそうだった」


ただ、私が気付かなかっただけで。
言葉にするのはかなり恥ずかしいけれど。

随分前から、心を奪われていたんじゃないかと思う。


「……これ以上は言わない。大事なことは本人に言うから」

「どっかで聞いたことのある台詞だな」


わざと引用したことに、気付かれたのは心底意外だった。


「あいつのどこがいいわけ?」


言わないって言ってるのに。

聴覚が異常をきたしているのだろうか。
だけど、1ミリくらいは譲歩しても許されそうな気がする。


「……強いて言うなら、おかしなとこかな」


お土産をぶら下げたこと。
ラーメンに命を懸けていること。
ソファーで寝ていたことは勿論のこと。
重度の風邪真っ只中の人間に、大嫌いな葛根湯を突き出したことや小難しい政治の話題を振ったことも。


そして、私をずっとずっと、優しい人間だと連呼して譲らなかったこと。


結局は。
全部全部、憎めなかった。


そっか、と消え入りそうな声で、樹はそれだけ口にした。
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