たったひとりの君にだけ
そして、空になった皿に気付いた店員が、素早く片付けていく。
直にスープが運ばれて来るのだろうと思っていると、樹がワインボトルを手に、目で合図をする。
私は素直にグラスを持ち上げて、お返しとばかりに樹にも注いであげた。
早々とワインを体内に流し込んだところで、樹が口を開く。
「……俺さ、お前が俺のこと本気じゃないって思ったこと、正直あったよ」
思わず目を見開くと、樹は何故か目尻を下げていた。
「自分から会いたいとかあまり言わなかったし、でもそれは、俺がデート中でも仕事で呼び出されることが多かったから、気を遣ってくれてんだと思ってた。一緒にいても、時々物足りなくは感じてたよ、今だから言うけどな」
私はゴクリと唾を飲んだ。
「でも、人間、いろんなタイプがいる。芽久美は淡白な奴なんだ、そう思ってた。本気でイヤならすぐに別れを切り出すと思ってたしな。でも、数ヶ月経っても何ひとつ変わらねえし、触れても一度も拒まなかったから、これが俺達のスタイルだって思ってた」
頷きも、相槌も、何もせずに耳だけ貸していると、枝豆のスープが運ばれて来た。
柔らかな緑色が目にも胃にも優しそうだけれど、今はまだ、現在進行形で心臓にチクチクと棘が刺さって飲み干せそうにない。
一方で、樹はすぐにスプーンを右手に取り掛かる。
音を立てるなんてことはするはずもないけれど、荒々しさが目につく頂き方だ。
そして、その勢いのまま、樹は言葉を紡いでいく。
「だから、俺の海外転勤がきっかけだったけど、別れ話を切り出されたとき、耳を疑うっていうよりはどこか納得してる自分がいたよ。でも、すぐに頷けるほど、俺はお前と適当に付き合ってたわけじゃなかった。だから、直後の別れの理由のせいで、納得なんて気持ちはすぐにどっかいって、理解不能なだけだった」
「……失礼な」
「どっちが失礼だよ」
鋭い切り返しに口篭ると、樹は続けざまに言う。
どこか、力なさげに俯いて。
「それでも、引き止めるのは礼儀とか、そんなつもりは全然なくて、ただ単にあのときは……、手放したくなかったんだよ、お前を」
その一言に、私は何も言い返せなかった。
いつかの熱が込められた瞳から目を逸らせない。
少なからず感じていた。
別れを切り出したときの必死な形相。
その後も幾度となく掛かって来た電話。
触れるときも、いつだって優しかった。
わかっていた。
樹は樹なりに、私を大事にしてくれていたことを。