たったひとりの君にだけ

先に視線を外したのは樹。
同時に、本日幾度目の投げやりな笑いを見せた。


「でもさ、今回だってうまくいくなんて微塵も思っちゃいなかったよ。俺のこの一時帰国のあいだに、芽久美が簡単にフランスに来いの誘いにイエスなんて言うくらいなら、お前、最初からクリスマスが嫌いだからっていうくだらねえ理由で俺に別れなんか告げてねえだろ」


もっともすぎる言い草に、私は思わずむっとする。


「それはそうだけど、じゃあ、なんで私に会いに来たわけ?」

「単なる暇潰し」

「はあ!?」


場所の配慮もスッカリ忘れて、いつかのキオナ並みに大声を出してしまった。

周囲のカップルの視線が突き刺さる。
ショートヘアの女性と目が合ったところで気まずさに襲われ、いい雰囲気を邪魔してごめんなさいと心の中で反省し、縮こまりながら私は原因を作った男に小声で問い掛ける。


「え、それ、本気で?」

「さあ?」

「もうっ!どっちなのよ!」

「ご想像にお任せ、だな」


あっちいったりこっちいったりの、煮え切らない答えに苛立ちを隠せないままで。
高級であろうこの店で、これ以上の醜態を晒すわけにはいかないと思い、渋々話題を変えることにした。
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