たったひとりの君にだけ

「……ったく、で?フランス行き、いつなの?」

「明日」


枝豆のスープが器官に入った。


「おい、大丈夫か?」


むせる私にとりあえずの心配の言葉を掛ける樹の声は、何故か無性に鬱陶しくて。
笑っているようにさえ感じるから、先程から苛立ちが止まらない。
(毎朝しっかり牛乳を飲んでいるのに何事か)


「明日っ!?」

「そ。明日」

「それ、本気で?」

「まあな」


あっけらかんと口にして、樹は一足早くスープを綺麗に飲み干した。

目の前の男が心底信じられない。

明日が出発で、前日に悠長にフレンチのコースを頂いて。
3日前に私が会って話がしたいと連絡しなければ、このまま放置で旅立っていたのだろうか。

それとも、3日の間に私の予定を確保出来ると思っていたのか。
最後の暇潰しをする為に。

なんだかとっても腑に落ちない。

人の気持ちを存分に掻き乱しておいて。
やっぱり樹は苛立たしい。


「……もういいよ、行きなよ、もう帰って来なくていいよ」

「冷てえな、相変わらず」

「ごめんなさいね」

「……いや、それくらいの方がいいだろ」


ボソッとそう口にした、奴の目尻には微笑みが浮かんでいて。
それは嫌味の欠片もない、穏やかの一言に尽きるものだった。

ほんの数秒前まで腹を立てていたくせに。
何故か私は、そのままの神村樹に自分でも驚くほどにほっとしていることに気付いて。


少しだけ、自分を好きになれた気がした。
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