たったひとりの君にだけ
「……樹、これ」
振り返った男に小さめの箱を差し出す。
そして、声は出さずに驚きの表情のみを浮かべる樹に、私は言葉を紡ぐ。
「わかるでしょ、なんなのか。まぁ、おモテになる樹さんですから?私から貰わなくても充分手元が潤っているでしょうけど」
「嫌味か」
「さぁ?でも、最初で最後だから、お詫びにもならないけど有難く頂戴しといてよ」
スタンダードにチョイスしたゴディバ。
一粒サイズのチョコレートが4つ入っている。
格別悩んだつもりはない。
きっと、今朝の出勤時にコンビニで買ったってよかった。
だけど、これは、せめてもの気持ちだ。
樹は差し出された箱を私の手に触れながら受け取った。
「……サンキュ」
掠れた声でそう口にした、奴の表情は思わず目を逸らしたくなるほど優しくて。
そして、たったこれだけのことなのに、たったこれだけでこんな顔に遭遇したという現実を、胸に留めておこうかなと思ったところで。
「芽久美」
「ん、なに」
「最後に抱き締めさせてよ」
今度は、切なげにそう口にするから。
もしかして、暇潰しなんて嘘だったんじゃないかって。
一瞬でも、そう思った。
「……仕方ないな」
渋々といった雰囲気を前面に了承すると、樹はすぐに私を抱き寄せた。
無理矢理じゃない、強引でもない。
ただただ優しく、私を胸に抱いた。
明日が休みだからといって、ネットでフランス行きが何時かなんて絶対に調べたりしないけど。
決してその背中に腕を回すことなく、私はただ、樹の想いを全身で感じていた。
「……本当に、俺じゃダメか?」
そして、一瞬、力が増した後の、私に対する力ないその問い掛けは。
紛れもなく、この人の本音だと思った。
「……うん」
頭上にかかる柔らかな吐息。
「どうしても?」
「うん。……どうしても」
嘘偽りなく答えると、樹はまた笑った。