たったひとりの君にだけ
「そんなに挑発するなよ、瑠奈」
溜息混じりの呆れた声がカウンター越しに届く。
グラスをピカピカに磨きながら、口にピアスをした前髪の長い男性がこちらを向く。
「ったく、芽久美も頑張ってんだろ?」
グラスが壊れると注意されると思いきや、まさかの援軍に落ちていた気分が急上昇する。
「マ、マスター、ありが、」
「でも早く決着つけろよ、面白くねえ」
呆気なく絶望感に襲われた。
優しい一言を貰えたことに心から感謝しようとしていたのに。
この更に上げて落とす感じはなんなんだろう。
弄ばれた気がする。
もはや私の味方はゼロなのか。
「久し振りに二人揃って顔見せに来たと思ったら面白い話持って来やがって」
口を尖らせて無言を貫く。
「俺、芽久美の口からそういう話聞くの初めてだぞ?」
「え、そうだっけ?」
「お前のは嫌と言うほど聞いて来たけどな。そりゃあもう、飽きるほど」
「う、うるさいっ!」
痛いところを突かれた瑠奈は見事なほどの大声を発していた。
私達は今、大学の頃からの行き着けの「Quiete」に久し振りに二人で来ている。
4人掛けのテーブル席が3つ、2人掛けが2つ、あとはカウンター席というアットホームさが売りだとマスターは言っている。
スタッフはこの時間は男3人、マスターを除いた2人は皿洗いをしたりテーブルを拭いたり後片付けに没頭中だ。
時刻は22時45分。
あと15分で閉店時間を迎える。
「Quiete」は夜はアルコールも出る居酒屋のようになるけれど、ランチ営業もしている為、夜は23時でクローズ。
ゆえに、今、客は私達のみ。
アルコール片手にぐだぐだしている常連だけだ。