たったひとりの君にだけ
「って、私の話なんてどうでもいいんだって!芽久美!」
ああだこうだ二人で言い合っていたくせに、テーブルを思い切り叩いてマスターとの話を中断する。
左手の心配なんて絶対にしない。
上手く話の矛先がずれてしめしめと思っていたのに、妙に裏切られた気分だ。
「うるさい。他のお客さんに迷惑でしょ」
「どこに他のお客さんがいるのよ」
そうだった、と思ったときには時既に遅し。
一度ミスると瑠奈は調子に乗る。
「ったく、神村樹問題が解決してハッピーエンド一直線だと思ってたのに、一体全体どういうことよ」
「瑠奈。樹ってあれだろ?芽久美の元彼」
「そう。1年振りに煌びやかに登場して、思う存分掻き乱したけど結局ちゃんと後腐れなく異国に送り出したらしいよ」
「それはよかったじゃん」
「あのいい男を二度も振るっていうのがいかにも芽久美らしいけど、まぁ、ひと段落してよかったわ。ね、芽久美」
「……私のこと売ったくせに」
金曜の夜。
ご機嫌状態の売人を一蹴すべく、私は唸るような低音で切り返した。
「は?」
「惚けないでよ!なによ、力になるとか言っといて、結局樹と私の話どころか高階君のことまでベラベラ喋り出したくせに!もう信用ならん!」
「うっわ、根に持ってる」
「持ちたくもなるわ!」
あの後、腰を引き寄せられたことも、もっと言えばキスされそうになったことも。
本人には言ってないけど、全て瑠奈の所為にしてしまいたい。
「謝ったでしょ?」
「それはそうだけど!っていうか、いつのまにか“樹君”なんて呼んでたし!気持ち悪い!」
「打ち解ける為には仕方なかったの」
「打ち解けなくてもいいっての!しかも、美味しい酒ともつ鍋たらふく食べてたくせに!一番の目的はそれだったんでしょ!」
「もつ鍋をたらふく食べてたのはあんたでしょ!」
それはそうでした。
と、こんなところで潔く認めるわけにはいかない。
私は睨みを利かせて無言の圧力をかけた。
すると、瑠奈は両手を軽く上に挙げて降参のポーズを示した。
「わーかった!わかったから、ごめんって!」
「……本当に思ってる?」
「思ってるって!ホント、芽久美は昔からしつこいというか記憶力がいいというか」
「あぁ、それは俺も思う。大学のときさ、財布忘れてここに来て、タダでいいっつったのにその日の夜にきっちり払いに来たもんな。しかもお釣りは要らないとか言って」
「え~、ありえないんだけど」
なんか話がおかしくないか?
しつこいとかそういう問題じゃないし、むしろいいことだから褒めてよ。
それよりも、この状況で二人で結託しないでほしい。
肩身が狭くて勝ち目がなくなる。