たったひとりの君にだけ
そっぽを向いて黙っていると、まるで仕切り直すようにふうっと隣から大きな息音が聞こえた。
案の定、瑠奈が落ち着いた声で私の名前を呼ぶ。
「じゃあ、ここからは真面目モードね」
「……ようやく?」
「ごめんってば。で?要するに、メールが返って来ないと?」
その真剣な問い掛けに、私は力なく首を縦に振った。
正真正銘、本題に突入だ。
私から連絡を取ることはほとんどなかった。
97.5%は彼が始まり。
けれど、メールが来ればなるべく返す。
そして、そのメールに対する返信は、いつも10分以内が確実だった。
いつだってくだらないメールを送って来た。
恒例のTwitterメールもさることながら、道端で見つけたオモシロ画像を送って来たり。
それに対する返信が、たとえ素っ気ない『よかったね』という一言でも、彼が会話を終わらせることはなかった。
会議中でもこっそりスマホを操作してメールを送って来た。
『会議中なう』という目を疑うメールに『仕事してよ!』と返したこともある。
上司に怒られたらどうするんだと、こっそり心配していたほどだ。
そんな彼が、一週間も音沙汰がない。
「ふうん」
「ふうん、じゃないよ。人事みたいに」
「結局は人事だもん」
あっけらかんと言ってのける親友が憎たらしく思えて来る。
真面目モードは口だけか?
あの日、マンションに泊めなきゃよかった。
嘘じゃないとわかっていてもあの涙に騙されなきゃよかった。
むっとする感情のまま、それほど渇いていない喉を潤そうとグラスに目を向けると空になっていることに気付いた。
私はそれを荒々しく握り、マスターに突き出す。
「マスター!酒!」
「ダメ」
まさかの速攻却下に耳を疑った。
すると、グラスを拭き終えたのか、マスターはタオルを畳みながら私を真剣な目で見つめて来る。
「……え、なに、ちゃんとお金払うよ?タダでおかわりなんてしないよ」
「そういうこと言ってんじゃねーよ。お前、何杯目だよ?飲み過ぎ」
思わず、うっ、と怯んだけれど、言うほど弱いわけじゃない。
真面目に数えるわけでもなく黙っていると、マスターがペットボトルを一本差し出した。
「え?」
「瑠奈の話ちゃんと聞くまでダメ。これで我慢。頭冷やせ」
そう言ったマスターの目は本気だった。
だけど、頭を冷やさなきゃいけないのは私じゃなくて瑠奈の方だと思う。
そりゃ、私よりも格段に強い瑠奈にはミネラルウォーターなんて箸休め的存在はこれから先も一切不要なんだろうけど。
「……マスターのケチ」
お目当ての物ではないけれど、いざというときの逃げ道が必要だと思った私は仕方なくそれを受け取った。