たったひとりの君にだけ
キャップを開けてゴクリと体内を潤していると、店員二人がマスターに近寄り『お先します』と一礼した。
常連である私達は彼等ともそれなりにアットホームに会話が出来る。
金曜の夜だからだろう、二人はこの後各々予定があるらしい。
手を振る気分じゃない私のかわりに、瑠奈が今日一日の頑張りを大袈裟に労っていた。
そして、二人が姿を消すなり、瑠奈は再度私と向き合う。
「メールが来ない、か」
ダメ押しのつもりか?
「……改めて言わなくてもわかってるから」
四方八方敵だらけ。
慰めてもらいに来たはずなのにまさかのこの扱いだし、頼みの綱のマスターも瑠奈の肩を持つらしいし、それに、100%自分の所為だけど仕事でもミスって後輩に迷惑を掛けちゃうし。
もっと言えば、月曜日には電車の中で痴漢に遭遇したし、久し振りに降った雪の所為でスーパーの前で尻餅つくし、おまけに安売りだった卵が2個割れちゃうし。
この一週間、全くと言っていいほどいいことがない。
「出張かな~…って、出張先からでもメールくらい送れるか。じゃあ、危険なウイルスにでも感染して病院で隔離されて連絡出来ないとか」
「絶対にありえない。郵便受け、ちゃんと空になってる」
「それ、ただ単に誰からも郵便が来ないだけとか」
「……違うもん。夜帰って来て、703号室の郵便受け覗くと封筒が入ってて、朝また覗くとなくなってるもん」
膨れっ面で答えると、隣から驚きの気配が漂って来る。
「いちいち確認してるの?」
「……わかってる!自分でも変だって」
「自覚してるんだ?」
「してるよ!でも、そうするしかなかったから」
所謂、生存確認だった。
たった一度、メールが返って来ないくらいで。
もう一度、メールを送る気にはなれなくて。
だけど、何かあったんじゃないかと思って、心配になってらしくもなくストーカー紛いの行動を取った。
それなのに、毎日なくなる郵便を見て、ちゃんとここに帰って来ている、何かあったわけじゃないんだと安堵すると同時に、言い表せられないような気持ちになった。
じゃあ、どうして?
どうして、メールをくれないの?
どうして。
私は毎朝、重苦しい溜息と共にエントランスを抜けていた。