たったひとりの君にだけ

「じゃあなんだろ。宇宙人にでも攫われたかな?」

「ふざけてるでしょ」

「いいえ、全く。大切な親友の為に、一生懸命仕事で疲れた頭を働かせてる最中ですよ」


1ミリもそうは思えない。


「……っと、冗談はこれくらいにして、」


やっぱりふざけてた。

だけど、かろうじて睨みは利かせても、突っ込む気力は既に皆無。


「メールが届いてないってことはないよね?」

「そりゃありえなくはないけど。もしくは迷惑メールに混ざって削除しちゃったとかもありえるけど」

「確かに」

「……でも」


言い淀む私に気付き、マスターも若干前のめりになる。

既にBGMは切られている。
外からいくらか騒ぎ声は聞こえるものの格別気に障るということもなく。
今はただ、私達が生み出す微かな物音や話し声だけがこの空間を占める。

言いづらい、言い換えれば“言いたくない”だけれど。

この一週間、胸を覆い、モヤモヤし続けた思いを私は二人に打ち明ける。


「……本当は、私のメールを見たかどうか、それはあまり重要じゃない」

「どういうこと?」


間髪入れずわかりやすく疑問符を投げ掛ける彼女と視線を合わせることなく、私は小さく言葉を紡ぐ。




「……毎日届いていたメールが、一通も来なくなった。それが問題なの」




10日程前、会社の給湯室で掛かって来た電話。
あのとき、樹と会うのかどうかを気にして。
直後の安堵感が私をも大きく安心させてくれた。

素直になればいいんだと。
暗にそう、言ってくれた気がした。


だけど今は、嘘でもそんなこと思えない。


「お前、なんかやらかしたんじゃねえの?」

「マスター!」

「なんだよ」

「不謹慎なこと言わないで!」

「うっせえな。お前だってさっきまで充分すぎるほどふざけてたじゃねえか」

「今は真面目スイッチをオンしたの!マスターも真剣に考えて!」


度々の言い合いを始める二人をそっちのけで、私の脳内ではマスターの一言が重く渦巻いていた。

そうかもしれない。
無意識のうちに何か傷付けるようなことをしたのかもしれない。


もう、嫌われたのかもしれない。
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