たったひとりの君にだけ
iPhoneを元の場所に置く。
すると、ナイトテーブルの足元に見慣れない機器が置かれていることに気付いた。
「……これは?」
「あ、ここの加湿器壊れてるみたいだったから、俺の部屋から持って来ました。湿度かなり落ちてたし、乾燥はマズイなと思って」
確かに、ほんの僅かではあるものの、横になる前より喉の痛みが和らいでいる気がする。
起き掛けにも関わらず、割りとすんなり声を出せているのがその証拠だ。
と言っても、美声と褒められるまでにはまだまだ程遠い。
それが残念でならない。
そっか、と素っ気なく口にして、にこっと笑うその顔から視線を逸らした。
「……お粥、わざわざ作ってくれたの?」
「はい。あ、大丈夫ですよ、お粥は作ったことありますから!味見もしました、美味しいですよ」
自信満々に腰に手を置く高階君を見ても、親切心に感謝する反面、手放しで喜べないのは。
少なからず、週5でラーメンの男が料理上手とは到底思えないからであって。
賞味期限が明らかに過ぎたカビ臭い米を使わない限り、吐くってことはないだろうけど。
あ、でも水の量をバカみたいに間違えるとアウトか。
バカみたいに間違えればの話だけど。
「それより、すみません。キッチン、無断で使わせて頂きました」
「それは別にいいけど……使いづらくなかった?」
「全然!綺麗に整理整頓されていて凄い使いやすかったです」
「そ、っか」
「じゃあ、今持って来ますね」
満面の笑みを残して、高階君は部屋の明かりを点けて出て行った。
紺のダウンジャケットを脱いで彼が着ていたトレーナーは、12月24日、一緒にラーメンを食べに行ったときに着ていたものだ。
あのときも今も、紺色という色だけがわかって、正面に書かれている英語は読み取れない。